スタッフからのお知らせK会本郷教室
26件の新着情報があります。 1-10件を表示
★小学生対象:数学イベントのお知らせ★
2024年11月20日 更新
小学生対象の数学イベントのお知らせです!
『素数の神秘』
12月1日(日)10:00~12:00
講師:坂本 平蔵
講演案内はこちらから
この講座では2000年以上前から知られている素数を見つける方法から、
現在も解決されていない「双子素数」の問題まで、素数に関する内容を時代をこえてお届けします。
小学校で学ぶ算数だけでは物足りないという知的好奇心旺盛な小学生のみなさんのご参加をお待ちしています。
このイベントはご家族でご参加いただける内容です!
受講料は1家族1,000円(4名以内)としています。数学好きはもちろん、たまには数学に触れてみようかなという保護者の方も気軽にご参加下さい。
また、保護者様用の控え室もご用意しています。
書籍や折り紙、ポリドロン(図形のブロック)などもありますので、読書をして過ごされたり、小さな弟さんや妹さんと遊びながらお待ちいただくこともできます。
文京区は森鴎外や夏目漱石といった文豪所縁の場所も多いため、天気の良い日は散策するのもおすすめです。
文豪所縁の地
お申し込みは11月30日(土)19:00まで!
お申し込み、お問い合わせはK会事務局までお電話ください。
お申込・お問合せ
K会事務局 ☎03-3813-4581
受付時間 火~土曜日(13:00-19:00)
『素数の神秘』
12月1日(日)10:00~12:00
講師:坂本 平蔵
講演案内はこちらから
この講座では2000年以上前から知られている素数を見つける方法から、
現在も解決されていない「双子素数」の問題まで、素数に関する内容を時代をこえてお届けします。
小学校で学ぶ算数だけでは物足りないという知的好奇心旺盛な小学生のみなさんのご参加をお待ちしています。
このイベントはご家族でご参加いただける内容です!
受講料は1家族1,000円(4名以内)としています。数学好きはもちろん、たまには数学に触れてみようかなという保護者の方も気軽にご参加下さい。
また、保護者様用の控え室もご用意しています。
書籍や折り紙、ポリドロン(図形のブロック)などもありますので、読書をして過ごされたり、小さな弟さんや妹さんと遊びながらお待ちいただくこともできます。
文京区は森鴎外や夏目漱石といった文豪所縁の場所も多いため、天気の良い日は散策するのもおすすめです。
文豪所縁の地
お申し込みは11月30日(土)19:00まで!
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K会事務局 ☎03-3813-4581
受付時間 火~土曜日(13:00-19:00)
★冬期講習講座紹介№1★
2024年11月16日 更新
みなさんこんにちは。K会事務局です!
冬期講習の開講まで約1か月を切りました。
そこで今回からは冬期講習の講座について、簡単な講座紹介をしていきます!
講座を知って頂いたり、その分野の学問に興味をもって頂くきっかけになると嬉しいです。
講座詳細についてはこちらからご覧ください。
№1【物理】量子コンピュータ入門~物理と情報の融合~
12月15日(日)~12月18日(水)17:30~20:40
【内容】第1講:量子力学の基礎、第2講:量子ゲートと量子テレポーテーション、第3講:量子フーリエ変換と位相推定、第4講:ショアのアルゴリズム
この講座では量子力学の基礎に始まり、量子ビットや演算回路、さらにショアのアルゴリズムについて扱います。
マニアックなテーマに感じるかもしれませんが、量子コンピュータおよび量子技術の普及はみなさんの日常にも変化をもたらします。
例えば、身近なもので、paypayなどのキャッシュレス決済を例に上げましょう。キャッシュレス決済はRSA暗号と呼ばれる素因数分解の困難性を利用して安全性を保っています。
つまりコンピュータがすぐに素因数分解ができない、または膨大な時間が必要になる桁数の大きな数を鍵としてセキュリティを守っているのです。
それが、量子コンピュータの登場によって短時間で突破できる可能性が出てきました。電子決済はもう利用できなくなるのでしょうか。
また、医療分野で量子技術を用いたMRIの研究開発も進められています。
量子技術を用いることで、現在よりも感度が高いMRIを作り、がんなどの病気の早期発見が期待されているのです。
こうした量子技術の研究開発を進めるために、日本政府は2030年までに量子技術利用者を1,000万人にするという量子社会未来ビジョンを策定しました。
量子社会未来ビジョンはこちらから
これだけを見ても量子技術に大きな期待が寄せられていることがわかります。
理系の進路を考えている皆さんにとって、知っておいて損はないテーマです。
受講目安は指数・対数の計算ができること
そのほか必要な知識は授業内適宜フォローアップしますので、事前の予習は不要です。
この講習をきっかけに、これからの社会で活躍するみなさんに、この新しい技術との付き合い方・発展の可能性などをぜひ考えていただけると嬉しいです。
お申込み・お問合せ:☎03-3813-4581
受付時間:日曜・月曜を除く13:00~19:00
冬期講習の開講まで約1か月を切りました。
そこで今回からは冬期講習の講座について、簡単な講座紹介をしていきます!
講座を知って頂いたり、その分野の学問に興味をもって頂くきっかけになると嬉しいです。
講座詳細についてはこちらからご覧ください。
№1【物理】量子コンピュータ入門~物理と情報の融合~
12月15日(日)~12月18日(水)17:30~20:40
【内容】第1講:量子力学の基礎、第2講:量子ゲートと量子テレポーテーション、第3講:量子フーリエ変換と位相推定、第4講:ショアのアルゴリズム
この講座では量子力学の基礎に始まり、量子ビットや演算回路、さらにショアのアルゴリズムについて扱います。
マニアックなテーマに感じるかもしれませんが、量子コンピュータおよび量子技術の普及はみなさんの日常にも変化をもたらします。
例えば、身近なもので、paypayなどのキャッシュレス決済を例に上げましょう。キャッシュレス決済はRSA暗号と呼ばれる素因数分解の困難性を利用して安全性を保っています。
つまりコンピュータがすぐに素因数分解ができない、または膨大な時間が必要になる桁数の大きな数を鍵としてセキュリティを守っているのです。
それが、量子コンピュータの登場によって短時間で突破できる可能性が出てきました。電子決済はもう利用できなくなるのでしょうか。
また、医療分野で量子技術を用いたMRIの研究開発も進められています。
量子技術を用いることで、現在よりも感度が高いMRIを作り、がんなどの病気の早期発見が期待されているのです。
こうした量子技術の研究開発を進めるために、日本政府は2030年までに量子技術利用者を1,000万人にするという量子社会未来ビジョンを策定しました。
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これだけを見ても量子技術に大きな期待が寄せられていることがわかります。
理系の進路を考えている皆さんにとって、知っておいて損はないテーマです。
受講目安は指数・対数の計算ができること
そのほか必要な知識は授業内適宜フォローアップしますので、事前の予習は不要です。
この講習をきっかけに、これからの社会で活躍するみなさんに、この新しい技術との付き合い方・発展の可能性などをぜひ考えていただけると嬉しいです。
お申込み・お問合せ:☎03-3813-4581
受付時間:日曜・月曜を除く13:00~19:00
★イベントのお知らせ★
2024年11月10日 更新
全国どこからでも参加できるオンラインイベント!
『数学オリンピックから見る現代数学』
11月18日(月)18:00~19:30
講演者:平山楓馬
講演案内はこちらから
Zoomを使用したオンラインイベントです。
中学3年生から高校2年生までの皆さんと、その保護者の方にもご参加いただけます。
また中学1・2年生、高3生であっても内容に興味があり、ぜひ受講したいという方がいらっしゃいましたら学年を問わず歓迎いたします。
※本講座は中学数学の基礎があることを前提としています。
現代数学は大学で学ぶような専門性の高い数学です。
書籍などで独学で学んでいる方もいらっしゃるかもしれませんが、ほとんどの中高生の皆さんにとっては未知の世界なのではないでしょうか。
そこで今回は、数学がお好きな方であれば一度は目にしたことがあるであろう、数学オリンピックの問題を入り口にして、現代数学の一端をご紹介します。
現代数学というのは主に20世紀に入ってから登場した比較的新しい数学です。現在も研究がすすめられ、発展している分野も多々あります。
一方で、中高数学で学ぶ内容は近代以前に確立したものが多く、ほぼ完成された状態のものです。
そういった意味でも、現代数学に触れるという経験は数学の新しい側面を知る、良い機会になるはずです。
細かな定義などはわからなくても構いません。現代数の雰囲気を知り、数学の魅力を再発見する機会になれば嬉しく思います。
親子、お友達同士でお誘いあわせのうえ、ぜひご参加下さい♪
お申込・お問合せ
K会事務局 ☎03-3813-4581
受付時間 火~土曜日(13:00-19:00)
『数学オリンピックから見る現代数学』
11月18日(月)18:00~19:30
講演者:平山楓馬
講演案内はこちらから
Zoomを使用したオンラインイベントです。
中学3年生から高校2年生までの皆さんと、その保護者の方にもご参加いただけます。
また中学1・2年生、高3生であっても内容に興味があり、ぜひ受講したいという方がいらっしゃいましたら学年を問わず歓迎いたします。
※本講座は中学数学の基礎があることを前提としています。
現代数学は大学で学ぶような専門性の高い数学です。
書籍などで独学で学んでいる方もいらっしゃるかもしれませんが、ほとんどの中高生の皆さんにとっては未知の世界なのではないでしょうか。
そこで今回は、数学がお好きな方であれば一度は目にしたことがあるであろう、数学オリンピックの問題を入り口にして、現代数学の一端をご紹介します。
現代数学というのは主に20世紀に入ってから登場した比較的新しい数学です。現在も研究がすすめられ、発展している分野も多々あります。
一方で、中高数学で学ぶ内容は近代以前に確立したものが多く、ほぼ完成された状態のものです。
そういった意味でも、現代数学に触れるという経験は数学の新しい側面を知る、良い機会になるはずです。
細かな定義などはわからなくても構いません。現代数の雰囲気を知り、数学の魅力を再発見する機会になれば嬉しく思います。
親子、お友達同士でお誘いあわせのうえ、ぜひご参加下さい♪
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K会事務局 ☎03-3813-4581
受付時間 火~土曜日(13:00-19:00)
━【「現代数学の視座と眺望4」(元K会数学科講師:立原礼也) 】━
2024年11月9日 更新
━【現代数学の視座と眺望№4(K会元数学科講師:立原礼也) 】━
★「現代数学」、つまり大雑把には「大学の数学科レベルの数学」は、中高で習う数学と地続きに繋がっていながらも、様々な面で、全く新しい考え方に基づくものでもあります。筆者が数学を専攻することに決めたのも、この新しくも自然な考え方の数々に魅了されてのことでした。このコラムでは、現代数学におけるものの見方=「視座」、そしてそれによるものの見え方=「眺望」の解説を通じ、現代数学の魅力の一端をお伝えしていきます★
遠アーベル幾何学の紹介
読者の皆さん、こんにちは。
K会数学科元講師の立原礼也と申します。
第4回となる今回は、筆者の専門分野である「遠アーベル幾何学」について、なるべく平易な形でのご紹介を試みたいと思います。
本来は非常に専門的な内容ですから、中身をきちんとした形でお見せすることには無理があるのですが、なんとか雰囲気を感じ取っていただけるよう努めます。
数学の中でも「数論」と呼ばれる研究分野があり、その中でも「数論幾何学」と呼ばれる領域があり、そして、更にその中の1つの潮流として「遠アーベル幾何学」は位置づけられます。ですから「数論」そして「数論幾何学」の話から始めさせてください。
「数論」は「整数論」と呼んでも同じ意味で、その名の通り整数の研究を目的とする分野です。整数というのは、0,1,2,3,...と言った、1を順に足していくことで作られる、いわば「最も普通の数」の総称です。正確に言うと、普通はこれにマイナスをつけた数、つまり-1,-2,-3,...も整数に含みますが、今回は細かいことはお気になさらないで下さい。
0,1,2,3,...というと小学校で最初に習う数ですから、簡単そうに見えるかも知れませんが、簡単そうに見えても整数は無限に沢山あります。その無限に沢山ある整数の全てに普遍的に通用する法則を見出そうという研究ですから、話は単純なものではありません。例えば、前世紀末にアンドリュー・ワイルズを中心とする仕事によって解決された、有名な「フェルマーの最終定理」も整数論の定理です。これは、多くの数学者の貢献によって部分的な解答こそ色々得られてはいたものの、問題全体としては、約350年間も未解決のままになっていたのでした。
この大問題「フェルマーの最終定理」の最終的な解決をもたらしたワイルズらの仕事の内容は、「数論」の中でも「数論幾何学」に属しているものでした。幾何学とは図形を扱う学問の総称であり、中学校の数学で言うと「図形の合同・相似」や「三平方の定理」などといった内容が当てはまります。そして、そのような中高数学における幾何学の内容とはかなり毛色の違うものではありますが、「代数幾何学」と呼ばれる種類の幾何学を数論の研究に採り入れて発展したのが、数論幾何学という分野です。(「代数幾何学」は、中高数学で言うと、高校で習う「図形と方程式」の単元の延長上に位置づけられると思います。)
幾何学を数論の研究に採り入れるとはどういうことでしょうか。本題から逸れますが、気になる読者のために、高校数学の知識を仮定してほんの少しだけ雰囲気をご説明しましょう(この段落は読み飛ばして構いません)。数論ではしばしば、代数方程式の有理数解が問題となります。例えばフェルマーの最終定理であれば、3以上の整数nに対する、方程式xのn乗+yのn乗=1の有理数解に関する問題と解釈することが可能です。すると、この方程式はxy平面上の曲線を定めているため、図形的な解釈が可能になります。xy平面のx軸、y軸という2つの実数直線をそれぞれ複素数平面に置き換えて考えることで、この方程式は、4次元空間内の2次元の曲面を定めていると見ることもできます。また更に実数や複素数以外でも様々な「数の世界」で、方程式に対応する「図形」を考察することも可能です(「数の世界」についてはこのコラムの第1回や第2回を参照してください)。ここで言う「数の世界」や鍵括弧付きの「図形」は高度に抽象的なものではありますが、ともかくこういった代数方程式の解集合として定まる図形については代数幾何学で様々な知見が集積されているため、そうした知見を適切に発展させて適用することで、興味のある元々の方程式に対しても新しい知見が得られるのです。
まとめますと,「数論」(=「整数論」)は整数を研究することを目的としており、そこに幾何学(より正確には「代数幾何学」)の手法を導入したのが「数論幾何学」だということです。この一見素朴なアイデアを汎用性のある大きな研究の流れとして成立させるためには様々な解決すべき課題があったと思いますが、20世紀半ばにそれに関する革命的な偉業を成し遂げたのがグロタンディークという数学者(を中心とする一派)でした。ワイルズらによるフェルマーの最終定理の証明も、グロタンディークの導入した概念や考え方に基礎をおくものとなっています。
そして、そんな偉大なグロタンディークが1980年代に提唱したのが、「遠アーベル幾何学」という数論幾何学の新しい考え方だったのです。 (ちなみに、ワイルズらによるフェルマーの最終定理の証明は、同じ数論幾何学ではあっても、遠アーベル幾何学との直接的な関係は恐らく全くないと思います。)
上述の内容から推察される通り、数論幾何学では、様々な抽象的な「図形」を扱います。そして、グロタンディークが提唱した「遠アーベル幾何学」の考え方は、非常に大雑把に言うと、「図形がもつ対称性をもとに、その図形の情報を復元する」という方向性のものです。これについて、以下にもう少しだけ詳しく説明しましょう。ただし、遠アーベル幾何学に実際に出てくる「図形」や「対称性」は高度に抽象的で、ここでは説明し難いものですので、今はその代わりに、もっと初等的な小学校レベルの図形を用いて、「対称性による復元」の考え方にフォーカスして説明を試みることにします。
まず正方形を想像してください。そして、正方形の重心(2つの対角線の交点)を中心として、この正方形を時計回りに90度回転させることを想像してください。(転がすように動かすのではなく、同じ場所に留まったまま90度だけ自転させるということです。)目を閉じて想像してみましょう。想像できましたか?
すると、回転の結果、もとの正方形にピッタリ重なることがわかると思います。もちろん、更に90度、計180度回転させても、もとの正方形にピッタリ重なります。そして、このように「何らかの操作を施した結果、もとの図形とピッタリ重なる」という状況になっているとき、その図形は、その操作に関する対称性をもつ、と言うことにします。例えば正方形は重心を中心とする90度回転に関する対称性をもつ、ということです。
正方形の重心を中心とする回転でこのようになるのは0度, 90度, 180度, 270度の場合のみです(「0度」は気にされなくて構いません)。例えば、正方形を45度回しても,もとの正方形とはズレていて,ピッタリ重なっているとは言えません(想像してください)。89度回すとほぼ重なりますが、少しだけズレているので、やはり「ピッタリ」とは言えません(想像してください)。正方形の回転対称性は、0度, 90度, 180度, 270度の4種類の角度だけなのです。
次に、円を考えてみましょう。この場合は、円をその重心(円の中心のことです)の周りで何度回そうと、必ずもとの円にピッタリ重なります。つまり、円は正方形と違って、ありとあらゆる角度の回転対称性をもっているのです。
したがって、円と正方形であれば、重心を中心とした回転対称性の情報だけから識別することが可能になります。つまり、「2つの図形AとBがあります。どちらが正方形で、どちらが円でしょう?」という問題に対しては、AとBそのものを実際に見なくても、例えば「Aの回転対称性は4個で,Bの回転対称性は無限個だよ」といった感じのヒントさえ与えてもらえれば、「ではAが正方形でBが円ですね」と回答できる、ということです。
このような具合で、「図形がもつ対称性さえわかれば、図形を直接見なくても、その図形の情報が引き出せる(復元できる)ことがある」という示唆が得られると思います。非常に大雑把に言えば、数論幾何学の設定でこういった方向性の考察をしよう、というのが遠アーベル幾何学の考え方なのです。
上の円と正方形の例では、対称性だけから図形を完全に復元することはできていません。例えば、図形があらゆる角度の回転対称性をもつことがわかっていたとしても、実は、その図形は円とは限りません。また、もっと当たり前のことですが、円であることが仮にわかったとしても,もちろんその円のサイズまでは特定できません。正方形についても同様のことが言えます。
これに対して、遠アーベル幾何学の設定ではこれよりも遥かに複雑な対称性があり、その複雑さを有効活用するおかげで、しばしば「完全な復元」が可能となります。実のところ、「遠アーベル」というグロタンディークによる造語は、非常に大雑把に言うと、対称性がきわめて複雑である(したがって、その分だけ豊かな数学的情報が内在している)ことを意味する言葉なのです。また、その複雑な対称性を活かしてなお「完全な復元」までは到達できない(ことが証明できる)場合でも、どの程度までなら(不完全な)復元ができるか?という分析も興味深い話題となり、実際に研究されています。
このような具合で、「ある種の数論幾何学的な図形の情報を、その図形に関連する対称性の情報のみから復元する」というのが、遠アーベル幾何学で取り扱われる問題です。なお、筆者は、「復元」とは人間の数学的思考の根幹にある、きわめて原始的で大切な考え方だと思っています。個人的な話になりますが、この「復元」に真正面から向き合って実際に成果をあげていることが、筆者が遠アーベル幾何学に強い魅力を感じ、専門分野として選んだ理由でした。
話が抽象的になりましたので、「それが結局、今回の冒頭で言及したような整数の研究にどう役に立つのか」は想像もつかないことだと思います。そして実際、遠アーベル幾何学に限らず、数学の研究というのはしばしば、従来の素朴な目的意識からは一見かけ離れてしまうものです。しかしこれは、ただの机上の空論、というわけではありません。それは言わば(適切な喩えかどうかわかりませんが)険しい山を登ろうとするときに、無防備に考えなしに挑戦するのではなく、装備品の準備をしたり、山道を整備したりするようなものです。「この研究によって、物事の理解をより深めることができ、巡り巡って従来の素朴な問題意識にも役立つ」といった目論見のもとで、研究は行われているのです。そこがはっきりしていれば、「従来の素朴な問題にどう役に立つのか」という問いには、必ずしも直接的な回答までは与えられなくてもよいように思います。遠アーベル幾何学の場合にも、提唱者のグロタンディークが描いていた「大体こういうふうにして役に立つのではないか」というアイデアはありましたが、そこまでハッキリとしたものではなかったはずです。
とはいえ、そうした研究の積み重ねの先で、「山頂」にまで到達する人も現れます。数論幾何学全般で言えば先述のワイルズの例が最も有名ですが、遠アーベル幾何学の場合、次の例が代表的でしょう。2012年、筆者がまだ中学生の頃でしたが、abc予想と呼ばれる難問の解決を含む「宇宙際タイヒミュラー理論」が、日本人数学者の望月新一氏により発表されました。理論は斬新かつ難解で、検証にも時間がかかったようですが、2021年にはPRIMSという学術誌から出版がなされました。理論は高級でも、ゴールにあるabc予想はある意味では高校数学の知識で理解が可能なものであり、また様々な初等整数論の問題の解決にも直接的に寄与するものですので、この仕事は1つの「山頂」に喩えても良いと思います。この理論に改良を加えた2018年の論文(望月新一氏、それからこの記事の筆者にとって指導教員=「師匠」にあたる星裕一郎氏、を含む5名の共著論文)では、ワイルズらによるものとは全く異なる、フェルマーの最終定理の新しい証明までも与えられています。
実は、望月新一氏は遠アーベル幾何学の大家であり、abc予想を解決した宇宙際タイヒミュラー理論も、氏による遠アーベル幾何学の独創的な研究を基礎として構築されている理論です。(ちなみに、遠アーベル幾何学のこのような使われ方は、グロタンディークが元々描いていた構想と全く無関係とまでは言えないものの、随分違うものとなっています。)ですから、「遠アーベル幾何学が、整数論の素朴な問題に、どう役に立つのか」といった質問には、(前述の通り、直接的な回答はなくても良いと筆者は思うのですが、一応は)「それでabc予想が解けた」という直接的な回答が示せることになります。
なお、遠アーベル幾何学ではありませんが、代数幾何学や数論幾何学に関連する考え方は、今では、整数論の問題を解くのに役立ってくれるだけではなく、情報・暗号技術の基本となって(例えばICカードやスマートフォンの「中身」として)我々の生活を支えてくれているようです。となれば遠アーベル幾何学も、abc予想の証明に使えるだけではなく、100年後、もしかすると20年後の人類の生活をもっと直接的に豊かにしてくれるのかも知れない、などと、同分野を専門とする一人の学生としては空想してしまうものです。
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(補足) いくつかの専門用語の紹介
既に述べた通り、遠アーベル幾何学では「ある種の数論幾何学的な図形の情報を、その図形に関連する対称性の情報のみから復元する」というのが基本的な問題になります。自分でもっと調べてみたい読者もいらっしゃるかも知れませんから、ここでは、これを、本物の専門用語を使って言い直してみたいと思います。
きちんと説明するのは不可能ですが、難しい専門用語は見た目だけでも何となく格好良いような気もします。実際、私の場合、子供の頃、数学を本格的に勉強する前から、そういった専門用語が沢山出てくる記事などに目を通して、何もわからないままにワクワクした気持ちになっていた思い出があります。ですので、そのくらいの大雑把な気持ちで眺めて頂ければ幸いです。
まず「ある種の数論幾何学的な図形」についてですが、これの指す範囲は厳密に決まっているわけではありません。つまり、単に今この場で説明ができないというのではなく、そもそも提唱者のグロタンディーク自身も、どのような図形が遠アーベル幾何学の対象となるのかを完全に明確にしたわけではありませんでした。そして現在なお、この「どのような図形が遠アーベル幾何学の対象となるのか」自体が遠アーベル幾何学の研究内容の1つになっています。
とはいえ、少なくとも、基本的な考察範囲は「代数多様体」と呼ばれる数学的対象たちのうちの一部であること、そして「双曲的代数曲線」が遠アーベル幾何学の対象として含まれることは間違いありません。今なお、遠アーベル幾何学の研究の大部分は、双曲的代数曲線に関するものとなります。ちなみに、更に正確に言うとグロタンディークの構想は「有限生成体上の双曲的代数曲線」などでのものでしたが、望月新一氏によって後に、有限生成体上だけではなくp進体上などでも遠アーベル幾何学が可能であることも明らかになりました。このp進的な遠アーベル幾何学が、宇宙際タイヒミュラー理論でも本質的に用いられています。
さて、次に「対称性」ですが、これは現代数学では「群」という数学的構造によって扱われます。(「数学的構造」については前回の第3回の記事をご参照ください。)「群」は現代では最も基本的な概念の1つであり、K会の現代数学講座の代数分野で真っ先に学習する概念の1つでもあります。
遠アーベル幾何学で扱う対称性(群)は、これも本当は色々あるのですが、代表的なのはグロタンディークが定義した「エタール基本群」というものになります。なお、先ほど正方形や円の回転対称性を考えましたが、エタール基本群で扱う対称性はこれとは随分違います。正方形や円の回転対称性は、考察下の図形そのものの対称性でしたが、エタール基本群ではそうではなく、各図形に対して定まる「普遍被覆」という別の図形の対称性を調べたものとなります。5次以上の方程式の冪根による解の公式の非存在の証明に関連して有名な「ガロア理論」というものがありますが、そこに出てくる「ガロア群」(より正確には、その「親玉」である「絶対ガロア群」)も、エタール基本群の一種と考えられ、遠アーベル幾何学でも不可欠の役割を果たします。(ガロア理論に出てくる「分離閉包」が、ここで言う「普遍被覆」に対応します。)「遠アーベル(anabelian)」という形容詞は,このエタール基本群やガロア群が「アーベル群からほど遠い」という感じの意味になります。
以上をまとめますと、遠アーベル幾何学では「ある種の代数多様体(その一例として、p進体上の双曲的代数曲線)の情報を、そのエタール基本群の情報のみから復元する」という問題を扱っている、ということになるわけです。
例えば、前回の第3回の記事で解説した「同型」という単語を使うと、「XとYをp進体上の双曲的代数曲線とする。Xのエタール基本群とYのエタール基本群が同型ならば、XとYは同型か?」といった感じの問題や、その精密化バージョンや様々な変種などが考察されることになります。
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(意欲ある読者に向けた、答えのない演習問題)
1. 円ではないけれども円と同様の回転対称性をもつ図形を見つけてください。つまり、xy座標平面の部分集合Aであって、Aを原点を中心にどのように回転してもAとピッタリ重なるけれども、原点を中心とする円ではないものを見つけてください。また、同様に、正方形と同様の回転対称性をもつ図形を見つけてください。
2. 30度の回転に関する回転対称性をもつ図形は、 60度や90度の回転に関する回転対称性ももつことについて納得してください。また、60度の回転に関する回転対称性をもつけれども、30度の回転に関する回転対称性はもたない図形を見つけてください。60度の回転と90度の回転の両方に関する回転対称性をもつけれども、30度の回転に関する回転対称性はもたない図形は存在するでしょうか?
3. 群の定義や様々な具体例を調べてみてください。群という概念が対称性という概念(のある側面)の数学的抽象化を与えていることに納得できるでしょうか?例えば、円や正方形の回転対称性の場合、群の言葉で言えばどのように理解できるでしょうか?
★「現代数学」、つまり大雑把には「大学の数学科レベルの数学」は、中高で習う数学と地続きに繋がっていながらも、様々な面で、全く新しい考え方に基づくものでもあります。筆者が数学を専攻することに決めたのも、この新しくも自然な考え方の数々に魅了されてのことでした。このコラムでは、現代数学におけるものの見方=「視座」、そしてそれによるものの見え方=「眺望」の解説を通じ、現代数学の魅力の一端をお伝えしていきます★
遠アーベル幾何学の紹介
読者の皆さん、こんにちは。
K会数学科元講師の立原礼也と申します。
第4回となる今回は、筆者の専門分野である「遠アーベル幾何学」について、なるべく平易な形でのご紹介を試みたいと思います。
本来は非常に専門的な内容ですから、中身をきちんとした形でお見せすることには無理があるのですが、なんとか雰囲気を感じ取っていただけるよう努めます。
数学の中でも「数論」と呼ばれる研究分野があり、その中でも「数論幾何学」と呼ばれる領域があり、そして、更にその中の1つの潮流として「遠アーベル幾何学」は位置づけられます。ですから「数論」そして「数論幾何学」の話から始めさせてください。
「数論」は「整数論」と呼んでも同じ意味で、その名の通り整数の研究を目的とする分野です。整数というのは、0,1,2,3,...と言った、1を順に足していくことで作られる、いわば「最も普通の数」の総称です。正確に言うと、普通はこれにマイナスをつけた数、つまり-1,-2,-3,...も整数に含みますが、今回は細かいことはお気になさらないで下さい。
0,1,2,3,...というと小学校で最初に習う数ですから、簡単そうに見えるかも知れませんが、簡単そうに見えても整数は無限に沢山あります。その無限に沢山ある整数の全てに普遍的に通用する法則を見出そうという研究ですから、話は単純なものではありません。例えば、前世紀末にアンドリュー・ワイルズを中心とする仕事によって解決された、有名な「フェルマーの最終定理」も整数論の定理です。これは、多くの数学者の貢献によって部分的な解答こそ色々得られてはいたものの、問題全体としては、約350年間も未解決のままになっていたのでした。
この大問題「フェルマーの最終定理」の最終的な解決をもたらしたワイルズらの仕事の内容は、「数論」の中でも「数論幾何学」に属しているものでした。幾何学とは図形を扱う学問の総称であり、中学校の数学で言うと「図形の合同・相似」や「三平方の定理」などといった内容が当てはまります。そして、そのような中高数学における幾何学の内容とはかなり毛色の違うものではありますが、「代数幾何学」と呼ばれる種類の幾何学を数論の研究に採り入れて発展したのが、数論幾何学という分野です。(「代数幾何学」は、中高数学で言うと、高校で習う「図形と方程式」の単元の延長上に位置づけられると思います。)
幾何学を数論の研究に採り入れるとはどういうことでしょうか。本題から逸れますが、気になる読者のために、高校数学の知識を仮定してほんの少しだけ雰囲気をご説明しましょう(この段落は読み飛ばして構いません)。数論ではしばしば、代数方程式の有理数解が問題となります。例えばフェルマーの最終定理であれば、3以上の整数nに対する、方程式xのn乗+yのn乗=1の有理数解に関する問題と解釈することが可能です。すると、この方程式はxy平面上の曲線を定めているため、図形的な解釈が可能になります。xy平面のx軸、y軸という2つの実数直線をそれぞれ複素数平面に置き換えて考えることで、この方程式は、4次元空間内の2次元の曲面を定めていると見ることもできます。また更に実数や複素数以外でも様々な「数の世界」で、方程式に対応する「図形」を考察することも可能です(「数の世界」についてはこのコラムの第1回や第2回を参照してください)。ここで言う「数の世界」や鍵括弧付きの「図形」は高度に抽象的なものではありますが、ともかくこういった代数方程式の解集合として定まる図形については代数幾何学で様々な知見が集積されているため、そうした知見を適切に発展させて適用することで、興味のある元々の方程式に対しても新しい知見が得られるのです。
まとめますと,「数論」(=「整数論」)は整数を研究することを目的としており、そこに幾何学(より正確には「代数幾何学」)の手法を導入したのが「数論幾何学」だということです。この一見素朴なアイデアを汎用性のある大きな研究の流れとして成立させるためには様々な解決すべき課題があったと思いますが、20世紀半ばにそれに関する革命的な偉業を成し遂げたのがグロタンディークという数学者(を中心とする一派)でした。ワイルズらによるフェルマーの最終定理の証明も、グロタンディークの導入した概念や考え方に基礎をおくものとなっています。
そして、そんな偉大なグロタンディークが1980年代に提唱したのが、「遠アーベル幾何学」という数論幾何学の新しい考え方だったのです。 (ちなみに、ワイルズらによるフェルマーの最終定理の証明は、同じ数論幾何学ではあっても、遠アーベル幾何学との直接的な関係は恐らく全くないと思います。)
上述の内容から推察される通り、数論幾何学では、様々な抽象的な「図形」を扱います。そして、グロタンディークが提唱した「遠アーベル幾何学」の考え方は、非常に大雑把に言うと、「図形がもつ対称性をもとに、その図形の情報を復元する」という方向性のものです。これについて、以下にもう少しだけ詳しく説明しましょう。ただし、遠アーベル幾何学に実際に出てくる「図形」や「対称性」は高度に抽象的で、ここでは説明し難いものですので、今はその代わりに、もっと初等的な小学校レベルの図形を用いて、「対称性による復元」の考え方にフォーカスして説明を試みることにします。
まず正方形を想像してください。そして、正方形の重心(2つの対角線の交点)を中心として、この正方形を時計回りに90度回転させることを想像してください。(転がすように動かすのではなく、同じ場所に留まったまま90度だけ自転させるということです。)目を閉じて想像してみましょう。想像できましたか?
すると、回転の結果、もとの正方形にピッタリ重なることがわかると思います。もちろん、更に90度、計180度回転させても、もとの正方形にピッタリ重なります。そして、このように「何らかの操作を施した結果、もとの図形とピッタリ重なる」という状況になっているとき、その図形は、その操作に関する対称性をもつ、と言うことにします。例えば正方形は重心を中心とする90度回転に関する対称性をもつ、ということです。
正方形の重心を中心とする回転でこのようになるのは0度, 90度, 180度, 270度の場合のみです(「0度」は気にされなくて構いません)。例えば、正方形を45度回しても,もとの正方形とはズレていて,ピッタリ重なっているとは言えません(想像してください)。89度回すとほぼ重なりますが、少しだけズレているので、やはり「ピッタリ」とは言えません(想像してください)。正方形の回転対称性は、0度, 90度, 180度, 270度の4種類の角度だけなのです。
次に、円を考えてみましょう。この場合は、円をその重心(円の中心のことです)の周りで何度回そうと、必ずもとの円にピッタリ重なります。つまり、円は正方形と違って、ありとあらゆる角度の回転対称性をもっているのです。
したがって、円と正方形であれば、重心を中心とした回転対称性の情報だけから識別することが可能になります。つまり、「2つの図形AとBがあります。どちらが正方形で、どちらが円でしょう?」という問題に対しては、AとBそのものを実際に見なくても、例えば「Aの回転対称性は4個で,Bの回転対称性は無限個だよ」といった感じのヒントさえ与えてもらえれば、「ではAが正方形でBが円ですね」と回答できる、ということです。
このような具合で、「図形がもつ対称性さえわかれば、図形を直接見なくても、その図形の情報が引き出せる(復元できる)ことがある」という示唆が得られると思います。非常に大雑把に言えば、数論幾何学の設定でこういった方向性の考察をしよう、というのが遠アーベル幾何学の考え方なのです。
上の円と正方形の例では、対称性だけから図形を完全に復元することはできていません。例えば、図形があらゆる角度の回転対称性をもつことがわかっていたとしても、実は、その図形は円とは限りません。また、もっと当たり前のことですが、円であることが仮にわかったとしても,もちろんその円のサイズまでは特定できません。正方形についても同様のことが言えます。
これに対して、遠アーベル幾何学の設定ではこれよりも遥かに複雑な対称性があり、その複雑さを有効活用するおかげで、しばしば「完全な復元」が可能となります。実のところ、「遠アーベル」というグロタンディークによる造語は、非常に大雑把に言うと、対称性がきわめて複雑である(したがって、その分だけ豊かな数学的情報が内在している)ことを意味する言葉なのです。また、その複雑な対称性を活かしてなお「完全な復元」までは到達できない(ことが証明できる)場合でも、どの程度までなら(不完全な)復元ができるか?という分析も興味深い話題となり、実際に研究されています。
このような具合で、「ある種の数論幾何学的な図形の情報を、その図形に関連する対称性の情報のみから復元する」というのが、遠アーベル幾何学で取り扱われる問題です。なお、筆者は、「復元」とは人間の数学的思考の根幹にある、きわめて原始的で大切な考え方だと思っています。個人的な話になりますが、この「復元」に真正面から向き合って実際に成果をあげていることが、筆者が遠アーベル幾何学に強い魅力を感じ、専門分野として選んだ理由でした。
話が抽象的になりましたので、「それが結局、今回の冒頭で言及したような整数の研究にどう役に立つのか」は想像もつかないことだと思います。そして実際、遠アーベル幾何学に限らず、数学の研究というのはしばしば、従来の素朴な目的意識からは一見かけ離れてしまうものです。しかしこれは、ただの机上の空論、というわけではありません。それは言わば(適切な喩えかどうかわかりませんが)険しい山を登ろうとするときに、無防備に考えなしに挑戦するのではなく、装備品の準備をしたり、山道を整備したりするようなものです。「この研究によって、物事の理解をより深めることができ、巡り巡って従来の素朴な問題意識にも役立つ」といった目論見のもとで、研究は行われているのです。そこがはっきりしていれば、「従来の素朴な問題にどう役に立つのか」という問いには、必ずしも直接的な回答までは与えられなくてもよいように思います。遠アーベル幾何学の場合にも、提唱者のグロタンディークが描いていた「大体こういうふうにして役に立つのではないか」というアイデアはありましたが、そこまでハッキリとしたものではなかったはずです。
とはいえ、そうした研究の積み重ねの先で、「山頂」にまで到達する人も現れます。数論幾何学全般で言えば先述のワイルズの例が最も有名ですが、遠アーベル幾何学の場合、次の例が代表的でしょう。2012年、筆者がまだ中学生の頃でしたが、abc予想と呼ばれる難問の解決を含む「宇宙際タイヒミュラー理論」が、日本人数学者の望月新一氏により発表されました。理論は斬新かつ難解で、検証にも時間がかかったようですが、2021年にはPRIMSという学術誌から出版がなされました。理論は高級でも、ゴールにあるabc予想はある意味では高校数学の知識で理解が可能なものであり、また様々な初等整数論の問題の解決にも直接的に寄与するものですので、この仕事は1つの「山頂」に喩えても良いと思います。この理論に改良を加えた2018年の論文(望月新一氏、それからこの記事の筆者にとって指導教員=「師匠」にあたる星裕一郎氏、を含む5名の共著論文)では、ワイルズらによるものとは全く異なる、フェルマーの最終定理の新しい証明までも与えられています。
実は、望月新一氏は遠アーベル幾何学の大家であり、abc予想を解決した宇宙際タイヒミュラー理論も、氏による遠アーベル幾何学の独創的な研究を基礎として構築されている理論です。(ちなみに、遠アーベル幾何学のこのような使われ方は、グロタンディークが元々描いていた構想と全く無関係とまでは言えないものの、随分違うものとなっています。)ですから、「遠アーベル幾何学が、整数論の素朴な問題に、どう役に立つのか」といった質問には、(前述の通り、直接的な回答はなくても良いと筆者は思うのですが、一応は)「それでabc予想が解けた」という直接的な回答が示せることになります。
なお、遠アーベル幾何学ではありませんが、代数幾何学や数論幾何学に関連する考え方は、今では、整数論の問題を解くのに役立ってくれるだけではなく、情報・暗号技術の基本となって(例えばICカードやスマートフォンの「中身」として)我々の生活を支えてくれているようです。となれば遠アーベル幾何学も、abc予想の証明に使えるだけではなく、100年後、もしかすると20年後の人類の生活をもっと直接的に豊かにしてくれるのかも知れない、などと、同分野を専門とする一人の学生としては空想してしまうものです。
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(補足) いくつかの専門用語の紹介
既に述べた通り、遠アーベル幾何学では「ある種の数論幾何学的な図形の情報を、その図形に関連する対称性の情報のみから復元する」というのが基本的な問題になります。自分でもっと調べてみたい読者もいらっしゃるかも知れませんから、ここでは、これを、本物の専門用語を使って言い直してみたいと思います。
きちんと説明するのは不可能ですが、難しい専門用語は見た目だけでも何となく格好良いような気もします。実際、私の場合、子供の頃、数学を本格的に勉強する前から、そういった専門用語が沢山出てくる記事などに目を通して、何もわからないままにワクワクした気持ちになっていた思い出があります。ですので、そのくらいの大雑把な気持ちで眺めて頂ければ幸いです。
まず「ある種の数論幾何学的な図形」についてですが、これの指す範囲は厳密に決まっているわけではありません。つまり、単に今この場で説明ができないというのではなく、そもそも提唱者のグロタンディーク自身も、どのような図形が遠アーベル幾何学の対象となるのかを完全に明確にしたわけではありませんでした。そして現在なお、この「どのような図形が遠アーベル幾何学の対象となるのか」自体が遠アーベル幾何学の研究内容の1つになっています。
とはいえ、少なくとも、基本的な考察範囲は「代数多様体」と呼ばれる数学的対象たちのうちの一部であること、そして「双曲的代数曲線」が遠アーベル幾何学の対象として含まれることは間違いありません。今なお、遠アーベル幾何学の研究の大部分は、双曲的代数曲線に関するものとなります。ちなみに、更に正確に言うとグロタンディークの構想は「有限生成体上の双曲的代数曲線」などでのものでしたが、望月新一氏によって後に、有限生成体上だけではなくp進体上などでも遠アーベル幾何学が可能であることも明らかになりました。このp進的な遠アーベル幾何学が、宇宙際タイヒミュラー理論でも本質的に用いられています。
さて、次に「対称性」ですが、これは現代数学では「群」という数学的構造によって扱われます。(「数学的構造」については前回の第3回の記事をご参照ください。)「群」は現代では最も基本的な概念の1つであり、K会の現代数学講座の代数分野で真っ先に学習する概念の1つでもあります。
遠アーベル幾何学で扱う対称性(群)は、これも本当は色々あるのですが、代表的なのはグロタンディークが定義した「エタール基本群」というものになります。なお、先ほど正方形や円の回転対称性を考えましたが、エタール基本群で扱う対称性はこれとは随分違います。正方形や円の回転対称性は、考察下の図形そのものの対称性でしたが、エタール基本群ではそうではなく、各図形に対して定まる「普遍被覆」という別の図形の対称性を調べたものとなります。5次以上の方程式の冪根による解の公式の非存在の証明に関連して有名な「ガロア理論」というものがありますが、そこに出てくる「ガロア群」(より正確には、その「親玉」である「絶対ガロア群」)も、エタール基本群の一種と考えられ、遠アーベル幾何学でも不可欠の役割を果たします。(ガロア理論に出てくる「分離閉包」が、ここで言う「普遍被覆」に対応します。)「遠アーベル(anabelian)」という形容詞は,このエタール基本群やガロア群が「アーベル群からほど遠い」という感じの意味になります。
以上をまとめますと、遠アーベル幾何学では「ある種の代数多様体(その一例として、p進体上の双曲的代数曲線)の情報を、そのエタール基本群の情報のみから復元する」という問題を扱っている、ということになるわけです。
例えば、前回の第3回の記事で解説した「同型」という単語を使うと、「XとYをp進体上の双曲的代数曲線とする。Xのエタール基本群とYのエタール基本群が同型ならば、XとYは同型か?」といった感じの問題や、その精密化バージョンや様々な変種などが考察されることになります。
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(意欲ある読者に向けた、答えのない演習問題)
1. 円ではないけれども円と同様の回転対称性をもつ図形を見つけてください。つまり、xy座標平面の部分集合Aであって、Aを原点を中心にどのように回転してもAとピッタリ重なるけれども、原点を中心とする円ではないものを見つけてください。また、同様に、正方形と同様の回転対称性をもつ図形を見つけてください。
2. 30度の回転に関する回転対称性をもつ図形は、 60度や90度の回転に関する回転対称性ももつことについて納得してください。また、60度の回転に関する回転対称性をもつけれども、30度の回転に関する回転対称性はもたない図形を見つけてください。60度の回転と90度の回転の両方に関する回転対称性をもつけれども、30度の回転に関する回転対称性はもたない図形は存在するでしょうか?
3. 群の定義や様々な具体例を調べてみてください。群という概念が対称性という概念(のある側面)の数学的抽象化を与えていることに納得できるでしょうか?例えば、円や正方形の回転対称性の場合、群の言葉で言えばどのように理解できるでしょうか?
★セミナーのご案内★
2024年10月26日 更新
本日はセミナーのお知らせです!
『実験で学ぶ化学~光を繰って化学マジック~』
11月10日(日)11:00~13:00
講演者:吉田 悠真
講演案内はこちらから
吉田先生は灘高等学校を卒業され、現在は東京大学理学部化学科に在籍されています。
高校時代には第52回国際化学オリンピック、イスタンブール大会銀賞。日本生物学オリンピック2021金賞、物理チャレンジ2021銀賞、日本情報オリンピック2020本選出場とさまざまな分野で活躍されていました。
化学はもちろんですが、さまざまな知識をお持ちでトークがとても面白い先生です。化学の理論を平易な言葉を使い、しかし、理論の内容は子ども相手だからと曖昧にするのではなく、本格的なことを丁寧に教えて下さいます。
そんな吉田先生が今回のセミナーで取り上げる内容は
「光」です!!
光を放つ身近なものは?と尋ねられたら、何を思い浮かべるでしょうか。
例えば、太陽や電球などが思い浮かぶと思います。その他、ホタルや炎などが思い浮かんだ方もいるのではないでしょうか。
光を放つにはあるエネルギーを光のエネルギーに変換しなくてはいけません。
言葉にすると「変換」のたった2文字ですが、光を放つまでに太陽やホタルの中では様々なことが行われています。
今回のセミナーでは演示実験を通してものが光る仕組みを分かりやすくご紹介します。
化学で使う用語の意味などその都度説明しますので、まだ化学を本格的に学んだことのない方もご安心ください。
本セミナーが化学により興味をもって頂くきっかけになれば幸いです。
親子、お友達同士でお誘いあわせのうえ、ぜひご参加下さい♪
お申込・お問合せ
K会事務局 ☎03-3813-4581
受付時間 火~土曜日(13:00-19:00)
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★冬期講習の申込が始まりました★
2024年10月22日 更新
みなさんこんにちは。K会事務局です!
本日10 /22(火)13:00から夏期講習の受付がはじまりました!
設置講座は数学・英語・情報・物理・化学・生物・地理・地学・言語学の全20講座!
詳しくは下記URLよりご確認ください。
https://www.kawai-juku.ac.jp/winter/kkai/
K会の冬期講習は、会員の方以外もお申込みいただけます。
毎年、受講いただいている生徒さんの半数以上がK会生以外の生徒さんです。
初めてK会の講座を受講するという生徒さんもたくさんいますので
「面白そう」 「学んでみたい」 「挑戦したい」
という気持ちがあれば、ぜひご受講ください!
科学オリンピック講座をはじめ、超越数論や、量子コンピュータ入門、免疫学など、
学校では学ぶことのできない魅力的な講座をたくさんご用意してみなさんのお申し込みをお待ちしております!!
【お問い合わせ】K会事事務局
☎03-3813-4581 日・月除く 13:00~19:00
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━【「言語学をのぞいてみよう その38」(元K会英語科講師:野中大輔) 】━
2024年10月5日 更新
━【「言語学をのぞいてみよう その38」(元K会英語科講師:野中大輔) 】━
★このコラムでは、言語学を研究している筆者(元K会英語科講師)が、英語・言語学・外国語学習・比較文化などの話題をお伝えしていきます。★
コトとモノについて考える
こんにちは、元K会英語科講師の野中大輔です。前回(その37)に引き続き、今回のコラムでも私が日常生活で見つけた表現を取り上げたいと思います。
先日バスに乗ったら、次のような注意書きが目に入りました。「熟睡、イヤホンなどによる乗り過ごしが増えています。目的地を過ぎないように気を付けましょう」と書いてあり、うっかり乗り過ごしてしまう人が意外といるんだなあと思って読んでいたところで、興味深い表現が含まれていることに気づきました。「熟睡、イヤホンなど」の部分です。「熟睡」「イヤホン」「など」の3つに分けて考えてみましょう。
まず「熟睡」について。「熟睡」の意味は〈ぐっすり眠ること〉ですね。このように、〈~すること〉を表す名詞を「コト名詞」と呼ぶことにします。他のコト名詞には「勉強」や「読書」などがあります。一方、「イヤホン」は〈一人で音楽・音声を聞くために耳に付けるもの〉です。こちらは「モノ名詞」と呼んでおきます。「えんぴつ」や「教科書」などもモノ名詞です。次に「など」についてですが、「A、Bなど」と言うときはAとBに同じタイプの表現を用いるのが普通でしょう。たとえば、「勉強、読書などが苦手」はごく普通の表現ですが、「勉強、教科書などが苦手」はおかしいと感じるのではないかと思います。
以上のことを踏まえると、「熟睡、イヤホンなど」は、「A、Bなど」のAにコト名詞、Bにモノ名詞という異なるタイプの名詞を並べているため、不自然な表現になることが予想されます。ところが、「熟睡、イヤホンなどによる乗り過ごし」は十分に意味が通じますし、かなり自然に感じられます。これが、私が興味深いと思ったポイントです。
コト名詞とモノ名詞を並べても成立する表現があるのはなぜでしょうか。先ほどはコト名詞とモノ名詞を分けて説明しましたが、実はコトとモノはそんなに単純に分離できるものではありません。イヤホンは何のためにあるのかと言えば〈一人で音楽・音声を聞くため〉であり、「イヤホン」の意味にはコト(聞くこと)が含まれています。このようにコトを意味に含んだモノ名詞は、時にコトの部分が表面化するような使い方がなされます。もし図書館内に「館内ペットボトル禁止」と書いてあれば、「館内にペットボトル飲料を持ち込むこと」または「館内でペットボトル飲料を飲むこと」の禁止を表していると理解されるはずですが、この場合もモノ名詞である「ペットボトル」がコト的に用いられています。そして、熟睡すること、イヤホンで何かを聞くことは、どちらも注意力を低下させることの例ですから、「A、Bなど」の形で並べたくなるのも自然だと言えます。このように考えれば、「熟睡、イヤホンなどによる乗り過ごし」という表現が成立することにも納得がいきますね。
なお、先ほど見た「勉強、教科書などが苦手」における「教科書」にもコト(読む)の意味が含まれていますが、教科書を読むことは勉強することの一部だと言えますから、「A、Bなど」の形で並べるのは変であり、日本語として自然に感じられるようにするには「勉強、特に教科書を読むことが苦手」などの言い方にする必要があるでしょう。
ここまでずっと日本語の話をしてきましたが、最後に少しだけ英語の話も。英語では無生物主語の表現がよく見られます。たとえば、「~させる」を表すmakeを用いたThe letter made me cry.などの例があります。日本語だと「その手紙が私を泣かせた」といった言い方はあまりせず、「その手紙を読んで泣いてしまった」などが普通の言い方です。無生物であるthe letterが主語になっている点に着目するだけでなく、the letterがコト的に使用されている、つまり「手紙を読むこと」と解釈される点にも着目すべきではないかと思います。どうやら、モノ名詞をどの程度コト的に用いるのかについては、言語によって差がありそうです。こういった点に注意しながら英語を学ぶのも、おもしろいのではないかと思います。
★このコラムでは、言語学を研究している筆者(元K会英語科講師)が、英語・言語学・外国語学習・比較文化などの話題をお伝えしていきます。★
コトとモノについて考える
こんにちは、元K会英語科講師の野中大輔です。前回(その37)に引き続き、今回のコラムでも私が日常生活で見つけた表現を取り上げたいと思います。
先日バスに乗ったら、次のような注意書きが目に入りました。「熟睡、イヤホンなどによる乗り過ごしが増えています。目的地を過ぎないように気を付けましょう」と書いてあり、うっかり乗り過ごしてしまう人が意外といるんだなあと思って読んでいたところで、興味深い表現が含まれていることに気づきました。「熟睡、イヤホンなど」の部分です。「熟睡」「イヤホン」「など」の3つに分けて考えてみましょう。
まず「熟睡」について。「熟睡」の意味は〈ぐっすり眠ること〉ですね。このように、〈~すること〉を表す名詞を「コト名詞」と呼ぶことにします。他のコト名詞には「勉強」や「読書」などがあります。一方、「イヤホン」は〈一人で音楽・音声を聞くために耳に付けるもの〉です。こちらは「モノ名詞」と呼んでおきます。「えんぴつ」や「教科書」などもモノ名詞です。次に「など」についてですが、「A、Bなど」と言うときはAとBに同じタイプの表現を用いるのが普通でしょう。たとえば、「勉強、読書などが苦手」はごく普通の表現ですが、「勉強、教科書などが苦手」はおかしいと感じるのではないかと思います。
以上のことを踏まえると、「熟睡、イヤホンなど」は、「A、Bなど」のAにコト名詞、Bにモノ名詞という異なるタイプの名詞を並べているため、不自然な表現になることが予想されます。ところが、「熟睡、イヤホンなどによる乗り過ごし」は十分に意味が通じますし、かなり自然に感じられます。これが、私が興味深いと思ったポイントです。
コト名詞とモノ名詞を並べても成立する表現があるのはなぜでしょうか。先ほどはコト名詞とモノ名詞を分けて説明しましたが、実はコトとモノはそんなに単純に分離できるものではありません。イヤホンは何のためにあるのかと言えば〈一人で音楽・音声を聞くため〉であり、「イヤホン」の意味にはコト(聞くこと)が含まれています。このようにコトを意味に含んだモノ名詞は、時にコトの部分が表面化するような使い方がなされます。もし図書館内に「館内ペットボトル禁止」と書いてあれば、「館内にペットボトル飲料を持ち込むこと」または「館内でペットボトル飲料を飲むこと」の禁止を表していると理解されるはずですが、この場合もモノ名詞である「ペットボトル」がコト的に用いられています。そして、熟睡すること、イヤホンで何かを聞くことは、どちらも注意力を低下させることの例ですから、「A、Bなど」の形で並べたくなるのも自然だと言えます。このように考えれば、「熟睡、イヤホンなどによる乗り過ごし」という表現が成立することにも納得がいきますね。
なお、先ほど見た「勉強、教科書などが苦手」における「教科書」にもコト(読む)の意味が含まれていますが、教科書を読むことは勉強することの一部だと言えますから、「A、Bなど」の形で並べるのは変であり、日本語として自然に感じられるようにするには「勉強、特に教科書を読むことが苦手」などの言い方にする必要があるでしょう。
ここまでずっと日本語の話をしてきましたが、最後に少しだけ英語の話も。英語では無生物主語の表現がよく見られます。たとえば、「~させる」を表すmakeを用いたThe letter made me cry.などの例があります。日本語だと「その手紙が私を泣かせた」といった言い方はあまりせず、「その手紙を読んで泣いてしまった」などが普通の言い方です。無生物であるthe letterが主語になっている点に着目するだけでなく、the letterがコト的に使用されている、つまり「手紙を読むこと」と解釈される点にも着目すべきではないかと思います。どうやら、モノ名詞をどの程度コト的に用いるのかについては、言語によって差がありそうです。こういった点に注意しながら英語を学ぶのも、おもしろいのではないかと思います。
━【「音楽から見る数学10」(元K会生・元K会数学科講師:布施音人) 】━
2024年9月13日 更新
━【「音楽から見る数学10」(元K会生・元K会数学科講師:布施音人) 】━
★このコラムでは、数学と音楽の両方に魅せられてきた筆者が、数学と音楽の共通点を考える中で見えてくる数学の魅力について、筆者なりの言葉でお伝えしていきます★
― 倍音列 ―
こんにちは。元K会数学科講師の布施音人です。
今回は倍音についての話をします。少し音楽に寄った話なので、馴染みのない方には分かりづらい話かもしれませんが、お付き合いください。
さて、みなさんは小学校でリコーダーを吹いたでしょうか?リコーダーで息を強く吹き込むと、出したかった音よりも高い音が「ピー!」と鳴ってしまったことはないでしょうか。例えば、低い「ミ」を鳴らそうと、左手の親指、人差し指、中指、薬指、右手の人差し指、中指で完全に穴を塞ぎ、強く吹くと、1オクターブ高い方の「ミ」が鳴ることがあります。この高い方の音は低い方の音の倍音であると言えます。
ある周波数fの音に対し、その倍音とは、fの2以上の整数倍(2f, 3f,...)の周波数を持つ音のことを言います。このとき、元の周波数fの音のことは基音と呼びます。基音と倍音とは密接な関係にあります。周波数fの音が鳴るように張られた弦があったとき、その弦は周波数2fの音や3fの音を鳴らすこともできます。これは弦楽器では「ハーモニクス」と呼ばれる奏法で、例えば弦の両端のちょうど中心に軽く指を押し当てながら、弦をはじくまたは弓で弾くと、指を押し当てていないときの音程の2倍の周波数の音が鳴ります。また、リコーダーやフルートのような管楽器でも、同じ運指で穴を塞いだまま、息の吹き込み方を変えることで、一番低い音の2倍、3倍の周波数の音を出すことができます。
この倍音の概念は、数学や物理学と密接に関わりながら定式化されてきました。その中で一つの核となる概念が「フーリエ級数」です。
実数変数の実数値関数φ(ファイ)が、周期Tを持つとします。すなわち、任意の実数xについてφ(x)=φ(x+T)が成り立つとします(φが満たすべきその他の性質は割愛します)。このとき、大雑把に言えば、φは、周期Tのsinとcos, 周期T/2のsinとcos, 周期T/3のsinとcos,...に適当な係数を掛けたものの和で表される、というのがフーリエ級数の概念です。ここで、周期と周波数は互いに逆数の関係にありますから、言い換えれば、周波数fの任意の波は、周波数fの正弦波, 周波数2fの正弦波, 周波数3fの正弦波,...の重ね合わせだということになります。(sin xやcos xのグラフと相似な波を正弦波と呼びます。)すなわち、周波数fの音の中には、周波数fの成分、周波数2fの成分、周波数3fの成分、・・・がすべて入っていることになるのです。また、逆に、周波数fの正弦波、周波数2fの正弦波、周波数3fの正弦波、・・・を適当なバランスで同時に鳴らすことで、周波数fの任意の音を作り出せるということにもなります。シンセサイザーを始めとする、電子的に音を作り出す楽器は、フーリエ級数の考え方を大いに活用して作られています。
ところで、倍音とは具体的な音名では何になるのでしょうか。まず、2倍音はオクターブ上の音となります。そして、以前にも述べたように、周波数の比が音高の差に一致しますから、オクターブずつ上に上がっていく音列は、2倍音、4倍音、8倍音・・・という音列となります。では2^n以外の倍音はどうでしょうか。3倍音は、オクターブと完全五度上の音、5倍音は2オクターブと長三度上の音となります。(厳密にはピアノなどの楽器で採用されている調律とは少しずれが生じます。)6倍音は3倍音の2倍ですから、2オクターブと完全五度上の音です。ということは、「ドミソ」という長三和音は、2オクターブ低いドの4,5,6倍音で構成されていると言え、比が大変きれいです。実際、「ドミソ」がいかに自然であるかの説明を倍音に求めた音楽理論家が数多くいます。
それでは、1,3,5や1,4,7など、n倍音側で等差数列になっている和音はどのような響きがするでしょうか?それはきれいに感じられるでしょうか?人間の感性の源をすべて数学的な秩序に求めるのは危険ですが、興味はつきません。
★このコラムでは、数学と音楽の両方に魅せられてきた筆者が、数学と音楽の共通点を考える中で見えてくる数学の魅力について、筆者なりの言葉でお伝えしていきます★
― 倍音列 ―
こんにちは。元K会数学科講師の布施音人です。
今回は倍音についての話をします。少し音楽に寄った話なので、馴染みのない方には分かりづらい話かもしれませんが、お付き合いください。
さて、みなさんは小学校でリコーダーを吹いたでしょうか?リコーダーで息を強く吹き込むと、出したかった音よりも高い音が「ピー!」と鳴ってしまったことはないでしょうか。例えば、低い「ミ」を鳴らそうと、左手の親指、人差し指、中指、薬指、右手の人差し指、中指で完全に穴を塞ぎ、強く吹くと、1オクターブ高い方の「ミ」が鳴ることがあります。この高い方の音は低い方の音の倍音であると言えます。
ある周波数fの音に対し、その倍音とは、fの2以上の整数倍(2f, 3f,...)の周波数を持つ音のことを言います。このとき、元の周波数fの音のことは基音と呼びます。基音と倍音とは密接な関係にあります。周波数fの音が鳴るように張られた弦があったとき、その弦は周波数2fの音や3fの音を鳴らすこともできます。これは弦楽器では「ハーモニクス」と呼ばれる奏法で、例えば弦の両端のちょうど中心に軽く指を押し当てながら、弦をはじくまたは弓で弾くと、指を押し当てていないときの音程の2倍の周波数の音が鳴ります。また、リコーダーやフルートのような管楽器でも、同じ運指で穴を塞いだまま、息の吹き込み方を変えることで、一番低い音の2倍、3倍の周波数の音を出すことができます。
この倍音の概念は、数学や物理学と密接に関わりながら定式化されてきました。その中で一つの核となる概念が「フーリエ級数」です。
実数変数の実数値関数φ(ファイ)が、周期Tを持つとします。すなわち、任意の実数xについてφ(x)=φ(x+T)が成り立つとします(φが満たすべきその他の性質は割愛します)。このとき、大雑把に言えば、φは、周期Tのsinとcos, 周期T/2のsinとcos, 周期T/3のsinとcos,...に適当な係数を掛けたものの和で表される、というのがフーリエ級数の概念です。ここで、周期と周波数は互いに逆数の関係にありますから、言い換えれば、周波数fの任意の波は、周波数fの正弦波, 周波数2fの正弦波, 周波数3fの正弦波,...の重ね合わせだということになります。(sin xやcos xのグラフと相似な波を正弦波と呼びます。)すなわち、周波数fの音の中には、周波数fの成分、周波数2fの成分、周波数3fの成分、・・・がすべて入っていることになるのです。また、逆に、周波数fの正弦波、周波数2fの正弦波、周波数3fの正弦波、・・・を適当なバランスで同時に鳴らすことで、周波数fの任意の音を作り出せるということにもなります。シンセサイザーを始めとする、電子的に音を作り出す楽器は、フーリエ級数の考え方を大いに活用して作られています。
ところで、倍音とは具体的な音名では何になるのでしょうか。まず、2倍音はオクターブ上の音となります。そして、以前にも述べたように、周波数の比が音高の差に一致しますから、オクターブずつ上に上がっていく音列は、2倍音、4倍音、8倍音・・・という音列となります。では2^n以外の倍音はどうでしょうか。3倍音は、オクターブと完全五度上の音、5倍音は2オクターブと長三度上の音となります。(厳密にはピアノなどの楽器で採用されている調律とは少しずれが生じます。)6倍音は3倍音の2倍ですから、2オクターブと完全五度上の音です。ということは、「ドミソ」という長三和音は、2オクターブ低いドの4,5,6倍音で構成されていると言え、比が大変きれいです。実際、「ドミソ」がいかに自然であるかの説明を倍音に求めた音楽理論家が数多くいます。
それでは、1,3,5や1,4,7など、n倍音側で等差数列になっている和音はどのような響きがするでしょうか?それはきれいに感じられるでしょうか?人間の感性の源をすべて数学的な秩序に求めるのは危険ですが、興味はつきません。
━【「現代数学の視座と眺望3」(元K会数学科講師:立原礼也) 】━
2024年8月14日 更新
━【現代数学の視座と眺望№2(K会元数学科講師:立原礼也) 】━
★「現代数学」、つまり大雑把には「大学の数学科レベルの数学」は、中高で習う数学と地続きに繋がっていながらも、様々な面で、全く新しい考え方に基づくものでもあります。筆者が数学を専攻することに決めたのも、この新しくも自然な考え方の数々に魅了されてのことでした。このコラムでは、現代数学におけるものの見方=「視座」、そしてそれによるものの見え方=「眺望」の解説を通じ、現代数学の魅力の一端をお伝えしていきます★
数学的構造と同型性
読者の皆さん、こんにちは。
K会数学科元講師の立原 礼也と申します。
第3回となる今回は、現代数学の重要な考え方である「数学的構造」(以下では単に「構造」と言います)の考え方、そして「同型」という考え方について、具体例を通じてご紹介したいと思います。
これらの概念の重要性は筆舌に尽くしがたいものであって、筆者としては「現代数学で最も重要な概念だ」と言い切ってしまいたいほどです。また、一見、前回までとは話題がガラリと変わるようですが、実は(今回は詳しく説明する余裕がありませんが)前回記事の「創造」(あるいは「シミュレート」)の話題とも切り離せない関係があります。
さて、実は、「同型」というのは、数学に限らず、我々の日常生活にも見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念です。そして、この「同型」の概念に数学的に厳密な定式化を与えることは、「構造」を考えるに至る動機の重要な一つとなっています。
そういうわけですから、「構造」の説明のためにも、まず「同型」の概念を具体例を用いて説明するところから始めましょう。(なお、余談ですが、この「同型」の概念は、その重要性にも関わらず、数学の教科書ではあっさりとした紹介で済まされてしまっていることも多いのですが、K会の現代数学講座のテキストではきちんと紙面を割いて丁寧に解説を行っています。)
説明の整理のために、内容を複数の節にわけさせてください。
(A)ゲームの同型
それでは本題に入りましょう。
「同型」の概念の、具体例による解説です。節タイトルの通り、「ゲーム」の例を用いた説明を試みます。これは数学的な例というよりは、むしろ日常生活に近い例になっています。また、その事情から推察可能な通り、我々はこの文脈における「ゲーム」という概念自体を数学的に正確な形で定式化するわけではありませんので、その結果、残念ながら、以下の例に関して数学的に厳密な議論はできません。それでも、この例を通じて、「同型」というのが大体どういう概念なのかは伝わるかと思います。
では唐突ですが、次のようなゲームを考えて、それをゲームJと呼びましょう。
*****ゲームJのルール*****
(J-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「石」「ハサミ」「紙」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(J-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(J-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(J-3)公開された2枚のカードの組合せが
「石」と「ハサミ」ならば、「石」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「ハサミ」と「紙」ならば、「ハサミ」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「紙」と「石」ならば、「紙」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
**********
お察しの方もいらっしゃるかと思いますが、ゲームJは、世間では「じゃんけん」と呼ばれているもの(を、記述の都合上、カードを用いて再現したもの)です。(英語圏のじゃんけんでは、グーが石、チョキがハサミ、パーが紙となっています。)
今度は、また突然ですが、ゲームJとはまた別の、ゲームPについても考えてみましょう。
*****ゲームPのルール*****
(P-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「炎」「草」「水」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(P-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(P-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(P-3)公開された2枚のカードの組合せが
「炎」と「草」ならば、「炎」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「草」と「水」ならば、「草」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「水」と「炎」ならば、「水」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
(ゲームPは、ある有名な電子ゲームの内容のごく一部を切り取って、大幅に単純化したものになっています。)
ゲームJとゲームPは、もちろん、違うゲームです。ゲームJには「紙」が出てきますが、ゲームPには「紙」は出てきません。ゲームPには「炎」が出てきますが、ゲームJには「炎」は出てきません。こういった違いがありますから、これらのゲームは、確かに、違うゲームなのです。
しかし、見比べてみると、読者は、ゲームJとゲームPが「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容のゲーム」である、ということに気付くのではないでしょうか。(ピンとこなかった読者は、改めてゲームJとゲームPの内容を確認した上で読み進めてください。)つまり、ゲームJの性質を分析したければゲームPを代わりに分析してもよいし、逆も然りだ、といったことには納得がいくと思います。また、「3すくみ」という概念を知っていて、「ゲームJもゲームPも、つまり結局、3すくみだ」という理解に到達した読者もいるでしょう。
この「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容」という認識の数学的な定式化が、「同型」という概念なのです。
もう少し掘り下げて考えてみましょう。
ゲームJとゲームPは違うゲームなのに、それらが「実質的には同じ内容」に見えるのは、何故でしょうか?
それは、「違いが些細なものだから」ということになるでしょう。ゲームJとゲームPの違いは「カード(選択肢)の名前」にあります。つまり、ゲームJでは「石」「ハサミ」「紙」が選択肢だけれども、ゲームPでは「炎」「草」「水」が選択肢で、名前が違うということです。でも、違いは、名前だけなのです。つまり、ゲームJにおいて、「石」という名前を「炎」という名前に、「ハサミ」という名前を「草」という名前に、そして「紙」という名前を「水」という名前に書き換えてしまいますと、その内容は完全にゲームPの内容になってしまう、ということです。(是非、実際にルールを見返してみて、「書き換え」の操作を実行してみてください。)
当たり前のことですが、この「選択肢の名称の書き換え」という操作は、ゲームの実質的な内容には変化をもたらしません。その程度の操作でゲームJがゲームPになってしまう以上、最初からとその2つのゲームは実質的には同じ内容だったのだ、ということになるわけなのです。
これが、ゲームJとゲームPがゲームとして同型だ、ということです。
(B)同型という概念とその使い方
ゲームに限らず、数体系(つまり、大雑把に言うと、数の集合)などの様々な数学的設定において、「同型」の概念を考えることができます。
前節で述べた通り、ある2つの数学的設定が同型だというのは、その文脈における考察下の実質的な内容には変化をもたらさない「名称の書き換え」を一方に施すだけで、他方と同じになってしまうことだ、と説明することができます。(ただし、数学的文脈では、「名称の書き換え」というより「記号の書き換え」といった方が馴染む例が多いかもしれません。)
そして、この説明に出てくる、当該文脈で着目している「実質的な内容」のことを、その設定の「構造」と呼んでいます。ですから、2つの数学的設定が同型だというのは、それらが本質的に同じ構造をしていることだ、と言えると思います。
そして、重要なのは、「同型な2つの数学的設定に関しては、一方の分析を他方の分析に帰着することができる」という考え方です(これについては、上のゲームの例を通じて、「まあ何となく、そうかな」くらいに思って頂ければ問題ありません)。更に、上の例でゲームJとゲームPが同型だったのはかなり当たり前でしたが、それとは違って、「一見、全然同型に見えないものが、実は驚くべきことに同型になる」といった状況も沢山あります。ですから、ひとたびそうした同型が証明できると、「Xのことを調べたいが全然よくわからない→驚くべきことにXとYが同型なので、そのおかげで、代わりにYを調べればよい→Yのことは頑張れば調べられる(ので、Xのことがわかる)」という方向性の議論によって、新たな数学的知見が得られることもしばしばあるのです。
こういうわけですので、「同型」は現代数学において非常に中心的な地位にある概念となっています。現代数学の様々な重要な定理や未解決問題の中にも、「これとこれが(驚くべきことに)同型である」という形で定式化可能なものも沢山あります。
(C)指数・対数関数がもたらす同型とその使い方
最後になりますが、抽象的な話だけで終わらせるのは気が引けますので、(数学的な詳細な議論には立ち入りませんが)一つ「驚くべき同型」の古典的な、初等的な例を挙げてみましょう。それは節タイトルの通り、指数・対数関数がもたらす同型です。
説明のための前提知識の復習になりますが、実数とは、いわゆる「数直線上にある数」、「(マイナスも含めた)普通の数」のことです。例えば0,1,2,3,...や-1,-2,-3,...といった整数は全部実数ですし、それらの割り算としてできる2分の1などの分数(有理数)も実数です。更にルート2や円周率などの、有理数ではない実数(無理数)も沢山存在します。
実数全体の集合(実数は全部入っていて、他のものは一切何も入っていない集合)は、数直線としてイメージすることができます。数直線上の1つ1つの点が、実数に対応しています。(集合という言葉を使いましたが、これは「集まり」という意味だと思っていただいて差支えありません。)したがってまた、正(プラス)の実数全体の集合は、数直線の0より右側の部分としてイメージすることができます。
高校数学で習う指数・対数関数を使うと、次のような2つの数学的設定XとYが同型になることが確かめられます(台集合という言葉は後で説明します)。なお、同型になる理由は詳しく説明しませんが、興味のある方は、本記事最後の補足も参考にしてみてください。
***** X *****
台集合=正の実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)掛け算
******
**** Y ****
台集合=実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)足し算
******
台集合というのは、その数学的設定の土台となる集合のことです。例えば、節(A)のゲームJの場合、台集合は3つの要素「石」「ハサミ」「紙」からなる集合{石、ハサミ、紙}です。また、ゲームPの場合、台集合は3つの要素からなる集合{炎、草、水}です。
ゲームの例では、ゲームのルール(台集合の2つの要素間の勝敗関係)を構造として考えていましたが、上のXやYでは計算ルールを構造にしています。なお、Xの台集合である正の実数全体の集合で足し算を考えたり、逆にYの台集合である実数全体の集合で掛け算を考えたりすることも可能ですし、更にまた別の計算ルールも色々考えられるのですが、そういった様々有り得る他の計算ルールは一切無視して、Xでは掛け算、Yでは足し算だけに注目している、というのが非常に大切なポイントです。
XとYは、台集合は一見似ているかもしれませんが、構造は、かたや掛け算、かたや足し算で、全然違います。ですから、これらが同型だというのは、本来それなりに驚くべき事実なのではないでしょうか。
「掛け算の計算は、足し算の計算よりも、かなり面倒くさい」ということは、読者も経験的によくご存知だと思います。つまり、数学的設定Xの構造は、数学的設定Yの構造よりも、一見かなり面倒くさいものなのです。しかし、指数・対数関数を使ってこれらが同型になりますので、本来非常に面倒くさいXにおける掛け算の計算を、それに比べると簡単なYにおける足し算の計算に帰着することができるようになるのです!
ただし、帰着のためには、同型の確認に使った指数・対数関数をあらかじめ計算しておく必要はあります。そのあらかじめ計算しておいたものをまとめた表は「対数表」と呼ばれます。15世紀後半に、指数・対数関数、そしてこの対数表の発明によって、大きな(天文学的な!)数の複雑な掛け算の計算を、ずっと簡単な足し算の計算に帰着できるようになりました。実際、対数関数や対数表の発明の動機には、天文学の研究における計算の効率化があったようです。
このような初等的な例でも、物事を「(数学的)構造」で捉えて、そして「同型」という概念・考え方を適用する、その威力がわかるのではないでしょうか。
そして現代数学では、前回記事に述べたように数学者自らの手でいくらでも多くの数学的対象を創造することができるようになるため、この「同型」の概念・考え方の適用範囲もそれに伴っていくらでも拡がり、ますますこの概念・考え方が重要になるのです。
******
(補足)集合を用いた「同型」の定式化
かなり数学的な補足になりますが、意欲ある読者に向けて、実際の数学的文脈では「同型」をどのように定式化するのか、ということをご説明したいと思います。
(A)節で論じた「名称の書き換え」は、(C)節で導入した「台集合」の概念を使うと、「台集合の間の一対一対応」と理解することができます。つまり、「石を炎に、ハサミを草に、紙を水に、名称を書き換える」という操作は、数学的には、次のような一対一対応として理解できます。
石 --(1)-- 炎
ハサミ --(2)-- 草
紙 --(3)-- 水
(一対一対応というのは、{石、ハサミ、紙}の要素も、{炎、草、水}の要素も、どちらも余らせたり重複させたりせず、全部がちょうど一回ずつ出てくるような対応のさせ方、ということです。同じ意味で全単射という言葉を使うこともあります。他にも「石と炎、ハサミと水、紙と草」なども一対一対応です。)
そして、この一対一対応を通じて、要素だけではなくゲーム構造もきちんと対応しています。
つまり例えば、
石 --(1)-- 炎
紙 --(3)-- 水
という対応を通じて、
「紙が石に勝つ」という事実と「水が炎に勝つ」という事実も、「(3)が(1)に勝つ」という意味で、対応するようになっています。(1)と(3)だけでなく、全ての組合せ(つまり、(2)と(3)や、(1)と(1)、等々)で、常にこのようなゲーム構造の整合性も成り立っています。この整合性の成立が、(A)節の説明における「名称の書き換えだけで、ゲームの内容が同じになってしまう」という指摘に相当します。
一般に、数学的設定XとYが同型である、という言葉は、このような「台集合の間の、構造と整合的な一対一対応」(同型対応と呼びます)の存在を意味するものとして理解できます。
(C)節で例示したXとYの場合、同型対応を作るとはどういうことかというと、Xの下部集合の各要素xに対してYの下部集合の要素f(x)をうまく決めることで、一対一対応で、かつ常にf(ab)=f(a)+f(b)が成り立つようにすることです。ここで対数関数が使えるのです。
******
(意欲ある読者に向けた、答えのない演習問題)
1.今回の記事の冒頭に、「同型」つまり「本質的には同じ構造をしている」というのは、我々の日常生活にも普通に見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念だと述べました。そこで、そうした日常生活に見出される「同型」の例を、探したり考えたりしてみてください。
なお、本文で紹介したゲームの例よりも更に比喩的(非数学的)な例として、「一言一句同じ内容が書かれているが、紙やインクの材質が異なる2冊の本」は、何らかの意味では「同型」と言えるだろう、という例が挙げられると思います。こういった比喩的な例も含めて探したり考えたりしてみてください。
2.補足の内容に関する問題です。ゲームJとゲームPの間の同型対応としては、先程は「石と炎、ハサミと草、紙と水」を用いましたが、「石と草、ハサミと水、紙と炎」でも構いません。このことについて考えて納得してみてください。また、他にも可能な同型対応は存在するのですが、思いつきますか?
一方、「石と炎、ハサミと炎、紙と水」は不適切です(炎が重複して、草が余ってしまっていて、そもそも1対1対応になっていません)。他に、「石と炎、ハサミと水、紙と草」は、1対1対応になっているにも関わらず不適切ですが、なぜかわかりますか?他の「1対1対応にはなっているけど、同型対応にはなっていない」例は思いつきますか?
★「現代数学」、つまり大雑把には「大学の数学科レベルの数学」は、中高で習う数学と地続きに繋がっていながらも、様々な面で、全く新しい考え方に基づくものでもあります。筆者が数学を専攻することに決めたのも、この新しくも自然な考え方の数々に魅了されてのことでした。このコラムでは、現代数学におけるものの見方=「視座」、そしてそれによるものの見え方=「眺望」の解説を通じ、現代数学の魅力の一端をお伝えしていきます★
数学的構造と同型性
読者の皆さん、こんにちは。
K会数学科元講師の立原 礼也と申します。
第3回となる今回は、現代数学の重要な考え方である「数学的構造」(以下では単に「構造」と言います)の考え方、そして「同型」という考え方について、具体例を通じてご紹介したいと思います。
これらの概念の重要性は筆舌に尽くしがたいものであって、筆者としては「現代数学で最も重要な概念だ」と言い切ってしまいたいほどです。また、一見、前回までとは話題がガラリと変わるようですが、実は(今回は詳しく説明する余裕がありませんが)前回記事の「創造」(あるいは「シミュレート」)の話題とも切り離せない関係があります。
さて、実は、「同型」というのは、数学に限らず、我々の日常生活にも見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念です。そして、この「同型」の概念に数学的に厳密な定式化を与えることは、「構造」を考えるに至る動機の重要な一つとなっています。
そういうわけですから、「構造」の説明のためにも、まず「同型」の概念を具体例を用いて説明するところから始めましょう。(なお、余談ですが、この「同型」の概念は、その重要性にも関わらず、数学の教科書ではあっさりとした紹介で済まされてしまっていることも多いのですが、K会の現代数学講座のテキストではきちんと紙面を割いて丁寧に解説を行っています。)
説明の整理のために、内容を複数の節にわけさせてください。
(A)ゲームの同型
それでは本題に入りましょう。
「同型」の概念の、具体例による解説です。節タイトルの通り、「ゲーム」の例を用いた説明を試みます。これは数学的な例というよりは、むしろ日常生活に近い例になっています。また、その事情から推察可能な通り、我々はこの文脈における「ゲーム」という概念自体を数学的に正確な形で定式化するわけではありませんので、その結果、残念ながら、以下の例に関して数学的に厳密な議論はできません。それでも、この例を通じて、「同型」というのが大体どういう概念なのかは伝わるかと思います。
では唐突ですが、次のようなゲームを考えて、それをゲームJと呼びましょう。
*****ゲームJのルール*****
(J-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「石」「ハサミ」「紙」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(J-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(J-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(J-3)公開された2枚のカードの組合せが
「石」と「ハサミ」ならば、「石」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「ハサミ」と「紙」ならば、「ハサミ」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「紙」と「石」ならば、「紙」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
**********
お察しの方もいらっしゃるかと思いますが、ゲームJは、世間では「じゃんけん」と呼ばれているもの(を、記述の都合上、カードを用いて再現したもの)です。(英語圏のじゃんけんでは、グーが石、チョキがハサミ、パーが紙となっています。)
今度は、また突然ですが、ゲームJとはまた別の、ゲームPについても考えてみましょう。
*****ゲームPのルール*****
(P-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「炎」「草」「水」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(P-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(P-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(P-3)公開された2枚のカードの組合せが
「炎」と「草」ならば、「炎」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「草」と「水」ならば、「草」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「水」と「炎」ならば、「水」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
(ゲームPは、ある有名な電子ゲームの内容のごく一部を切り取って、大幅に単純化したものになっています。)
ゲームJとゲームPは、もちろん、違うゲームです。ゲームJには「紙」が出てきますが、ゲームPには「紙」は出てきません。ゲームPには「炎」が出てきますが、ゲームJには「炎」は出てきません。こういった違いがありますから、これらのゲームは、確かに、違うゲームなのです。
しかし、見比べてみると、読者は、ゲームJとゲームPが「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容のゲーム」である、ということに気付くのではないでしょうか。(ピンとこなかった読者は、改めてゲームJとゲームPの内容を確認した上で読み進めてください。)つまり、ゲームJの性質を分析したければゲームPを代わりに分析してもよいし、逆も然りだ、といったことには納得がいくと思います。また、「3すくみ」という概念を知っていて、「ゲームJもゲームPも、つまり結局、3すくみだ」という理解に到達した読者もいるでしょう。
この「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容」という認識の数学的な定式化が、「同型」という概念なのです。
もう少し掘り下げて考えてみましょう。
ゲームJとゲームPは違うゲームなのに、それらが「実質的には同じ内容」に見えるのは、何故でしょうか?
それは、「違いが些細なものだから」ということになるでしょう。ゲームJとゲームPの違いは「カード(選択肢)の名前」にあります。つまり、ゲームJでは「石」「ハサミ」「紙」が選択肢だけれども、ゲームPでは「炎」「草」「水」が選択肢で、名前が違うということです。でも、違いは、名前だけなのです。つまり、ゲームJにおいて、「石」という名前を「炎」という名前に、「ハサミ」という名前を「草」という名前に、そして「紙」という名前を「水」という名前に書き換えてしまいますと、その内容は完全にゲームPの内容になってしまう、ということです。(是非、実際にルールを見返してみて、「書き換え」の操作を実行してみてください。)
当たり前のことですが、この「選択肢の名称の書き換え」という操作は、ゲームの実質的な内容には変化をもたらしません。その程度の操作でゲームJがゲームPになってしまう以上、最初からとその2つのゲームは実質的には同じ内容だったのだ、ということになるわけなのです。
これが、ゲームJとゲームPがゲームとして同型だ、ということです。
(B)同型という概念とその使い方
ゲームに限らず、数体系(つまり、大雑把に言うと、数の集合)などの様々な数学的設定において、「同型」の概念を考えることができます。
前節で述べた通り、ある2つの数学的設定が同型だというのは、その文脈における考察下の実質的な内容には変化をもたらさない「名称の書き換え」を一方に施すだけで、他方と同じになってしまうことだ、と説明することができます。(ただし、数学的文脈では、「名称の書き換え」というより「記号の書き換え」といった方が馴染む例が多いかもしれません。)
そして、この説明に出てくる、当該文脈で着目している「実質的な内容」のことを、その設定の「構造」と呼んでいます。ですから、2つの数学的設定が同型だというのは、それらが本質的に同じ構造をしていることだ、と言えると思います。
そして、重要なのは、「同型な2つの数学的設定に関しては、一方の分析を他方の分析に帰着することができる」という考え方です(これについては、上のゲームの例を通じて、「まあ何となく、そうかな」くらいに思って頂ければ問題ありません)。更に、上の例でゲームJとゲームPが同型だったのはかなり当たり前でしたが、それとは違って、「一見、全然同型に見えないものが、実は驚くべきことに同型になる」といった状況も沢山あります。ですから、ひとたびそうした同型が証明できると、「Xのことを調べたいが全然よくわからない→驚くべきことにXとYが同型なので、そのおかげで、代わりにYを調べればよい→Yのことは頑張れば調べられる(ので、Xのことがわかる)」という方向性の議論によって、新たな数学的知見が得られることもしばしばあるのです。
こういうわけですので、「同型」は現代数学において非常に中心的な地位にある概念となっています。現代数学の様々な重要な定理や未解決問題の中にも、「これとこれが(驚くべきことに)同型である」という形で定式化可能なものも沢山あります。
(C)指数・対数関数がもたらす同型とその使い方
最後になりますが、抽象的な話だけで終わらせるのは気が引けますので、(数学的な詳細な議論には立ち入りませんが)一つ「驚くべき同型」の古典的な、初等的な例を挙げてみましょう。それは節タイトルの通り、指数・対数関数がもたらす同型です。
説明のための前提知識の復習になりますが、実数とは、いわゆる「数直線上にある数」、「(マイナスも含めた)普通の数」のことです。例えば0,1,2,3,...や-1,-2,-3,...といった整数は全部実数ですし、それらの割り算としてできる2分の1などの分数(有理数)も実数です。更にルート2や円周率などの、有理数ではない実数(無理数)も沢山存在します。
実数全体の集合(実数は全部入っていて、他のものは一切何も入っていない集合)は、数直線としてイメージすることができます。数直線上の1つ1つの点が、実数に対応しています。(集合という言葉を使いましたが、これは「集まり」という意味だと思っていただいて差支えありません。)したがってまた、正(プラス)の実数全体の集合は、数直線の0より右側の部分としてイメージすることができます。
高校数学で習う指数・対数関数を使うと、次のような2つの数学的設定XとYが同型になることが確かめられます(台集合という言葉は後で説明します)。なお、同型になる理由は詳しく説明しませんが、興味のある方は、本記事最後の補足も参考にしてみてください。
***** X *****
台集合=正の実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)掛け算
******
**** Y ****
台集合=実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)足し算
******
台集合というのは、その数学的設定の土台となる集合のことです。例えば、節(A)のゲームJの場合、台集合は3つの要素「石」「ハサミ」「紙」からなる集合{石、ハサミ、紙}です。また、ゲームPの場合、台集合は3つの要素からなる集合{炎、草、水}です。
ゲームの例では、ゲームのルール(台集合の2つの要素間の勝敗関係)を構造として考えていましたが、上のXやYでは計算ルールを構造にしています。なお、Xの台集合である正の実数全体の集合で足し算を考えたり、逆にYの台集合である実数全体の集合で掛け算を考えたりすることも可能ですし、更にまた別の計算ルールも色々考えられるのですが、そういった様々有り得る他の計算ルールは一切無視して、Xでは掛け算、Yでは足し算だけに注目している、というのが非常に大切なポイントです。
XとYは、台集合は一見似ているかもしれませんが、構造は、かたや掛け算、かたや足し算で、全然違います。ですから、これらが同型だというのは、本来それなりに驚くべき事実なのではないでしょうか。
「掛け算の計算は、足し算の計算よりも、かなり面倒くさい」ということは、読者も経験的によくご存知だと思います。つまり、数学的設定Xの構造は、数学的設定Yの構造よりも、一見かなり面倒くさいものなのです。しかし、指数・対数関数を使ってこれらが同型になりますので、本来非常に面倒くさいXにおける掛け算の計算を、それに比べると簡単なYにおける足し算の計算に帰着することができるようになるのです!
ただし、帰着のためには、同型の確認に使った指数・対数関数をあらかじめ計算しておく必要はあります。そのあらかじめ計算しておいたものをまとめた表は「対数表」と呼ばれます。15世紀後半に、指数・対数関数、そしてこの対数表の発明によって、大きな(天文学的な!)数の複雑な掛け算の計算を、ずっと簡単な足し算の計算に帰着できるようになりました。実際、対数関数や対数表の発明の動機には、天文学の研究における計算の効率化があったようです。
このような初等的な例でも、物事を「(数学的)構造」で捉えて、そして「同型」という概念・考え方を適用する、その威力がわかるのではないでしょうか。
そして現代数学では、前回記事に述べたように数学者自らの手でいくらでも多くの数学的対象を創造することができるようになるため、この「同型」の概念・考え方の適用範囲もそれに伴っていくらでも拡がり、ますますこの概念・考え方が重要になるのです。
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(補足)集合を用いた「同型」の定式化
かなり数学的な補足になりますが、意欲ある読者に向けて、実際の数学的文脈では「同型」をどのように定式化するのか、ということをご説明したいと思います。
(A)節で論じた「名称の書き換え」は、(C)節で導入した「台集合」の概念を使うと、「台集合の間の一対一対応」と理解することができます。つまり、「石を炎に、ハサミを草に、紙を水に、名称を書き換える」という操作は、数学的には、次のような一対一対応として理解できます。
石 --(1)-- 炎
ハサミ --(2)-- 草
紙 --(3)-- 水
(一対一対応というのは、{石、ハサミ、紙}の要素も、{炎、草、水}の要素も、どちらも余らせたり重複させたりせず、全部がちょうど一回ずつ出てくるような対応のさせ方、ということです。同じ意味で全単射という言葉を使うこともあります。他にも「石と炎、ハサミと水、紙と草」なども一対一対応です。)
そして、この一対一対応を通じて、要素だけではなくゲーム構造もきちんと対応しています。
つまり例えば、
石 --(1)-- 炎
紙 --(3)-- 水
という対応を通じて、
「紙が石に勝つ」という事実と「水が炎に勝つ」という事実も、「(3)が(1)に勝つ」という意味で、対応するようになっています。(1)と(3)だけでなく、全ての組合せ(つまり、(2)と(3)や、(1)と(1)、等々)で、常にこのようなゲーム構造の整合性も成り立っています。この整合性の成立が、(A)節の説明における「名称の書き換えだけで、ゲームの内容が同じになってしまう」という指摘に相当します。
一般に、数学的設定XとYが同型である、という言葉は、このような「台集合の間の、構造と整合的な一対一対応」(同型対応と呼びます)の存在を意味するものとして理解できます。
(C)節で例示したXとYの場合、同型対応を作るとはどういうことかというと、Xの下部集合の各要素xに対してYの下部集合の要素f(x)をうまく決めることで、一対一対応で、かつ常にf(ab)=f(a)+f(b)が成り立つようにすることです。ここで対数関数が使えるのです。
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(意欲ある読者に向けた、答えのない演習問題)
1.今回の記事の冒頭に、「同型」つまり「本質的には同じ構造をしている」というのは、我々の日常生活にも普通に見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念だと述べました。そこで、そうした日常生活に見出される「同型」の例を、探したり考えたりしてみてください。
なお、本文で紹介したゲームの例よりも更に比喩的(非数学的)な例として、「一言一句同じ内容が書かれているが、紙やインクの材質が異なる2冊の本」は、何らかの意味では「同型」と言えるだろう、という例が挙げられると思います。こういった比喩的な例も含めて探したり考えたりしてみてください。
2.補足の内容に関する問題です。ゲームJとゲームPの間の同型対応としては、先程は「石と炎、ハサミと草、紙と水」を用いましたが、「石と草、ハサミと水、紙と炎」でも構いません。このことについて考えて納得してみてください。また、他にも可能な同型対応は存在するのですが、思いつきますか?
一方、「石と炎、ハサミと炎、紙と水」は不適切です(炎が重複して、草が余ってしまっていて、そもそも1対1対応になっていません)。他に、「石と炎、ハサミと水、紙と草」は、1対1対応になっているにも関わらず不適切ですが、なぜかわかりますか?他の「1対1対応にはなっているけど、同型対応にはなっていない」例は思いつきますか?
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2024年7月24日 更新
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