物理基礎・物理 理科 | 高等学校学習指導要領分析
2018(平成30)年3月に告示された高等学校学習指導要領の分析報告
*2018年7月に公開された「高等学校学習指導要領解説」の分析を踏まえ、分析結果を修正・追記しました。(2018年10月)
*2021年3⽉に公表された「平成30年告示高等学校学習指導要領に対応した令和7年度大学入学共通テストからの出題教科・科目について」を踏まえ、分析結果を修正・追記しました。(2021年5⽉)
1.今回の改訂の特徴
【1】育成する資質・能力について
今回告示された新学習指導要領(以下、新指導要領)は現行の学習指導要領(以下、現行指導要領)と比較して、『物理基礎』・『物理』ともに学習内容については新規に追加及び削除された項目はないため、学習内容に大きな変化はみられない。現行指導要領よりも「主体的な学び」・「学びに向かう力」という観点から「何ができるようになるか」を強調しており、いくつかの観察、実験に関しての項目を細分化して具体例を示す形で追記されている。
『物理基礎』・『物理』の科目としての目標については現行指導要領にも記載されているが、新指導要領では、次の(1)~(3)のように『物理基礎』・『物理』の指導を通し、(1)知識及び技能、(2)思考力、判断力、表現力等、(3)学びに向かう力、人間性等、の三つの柱に対応する形でどのような資質・能力の育成を目指すのか、という目標が具体的に示されている。理科の目標の前文には生徒が「自然の事物・現象に関わり、理科の見方・考え方を働かせ、見通しをもって観察、実験を行う」など、自ら進んで学ぶ意欲を重視した内容が記載されている。また現行教育課程より科学的に探究する活動を一層重視した「科学的に探究するために必要な資質・能力」という内容も記載がされている。前文で示されている「理科の見方・考え方」については、資質・能力を育成する過程で働く物事を捉える視野や考え方として記され、物理においては、主に「エネルギー」を柱とする領域において、自然の事物・現象を質的・量的な関係や時間的・空間的な関係などの科学的視点で捉えることを特徴的な視点とし、科学的に探究する方法を用いて考えることとして整理されている。
『物理基礎』
物体の運動と様々なエネルギーに関わり、理科の見方・考え方を働かせ、見通しをもって観察、実験を行うことなどを通して、物体の運動と様々なエネルギーを科学的に探究するために必要な資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
(1)日常生活や社会との関連を図りながら、物体の運動と様々なエネルギーについて理解するとともに、科学的に探究するために必要な観察、実験などに関する基本的な技能を身に付けるようにする。
(2)観察、実験などを行い、科学的に探究する力を養う。
(3)物体の運動と様々なエネルギーに主体的に関わり、科学的に探究しようとする態度を養う。
『物理』
物理的な事物・現象に関わり、理科の見方・考え方を働かせ、見通しをもって観察、実験を行うことなどを通して、物理的な事物・現象を科学的に探究するために必要な資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
(1)物理学の基本的な概念や原理・法則の理解を深め、科学的に探究するために必要な観察、実験などに関する技能を身に付けるようにする。
(2)観察、実験などを行い、科学的に探究する力を養う。
(3)物理的な事物・現象に主体的に関わり、科学的に探究しようとする態度を養う。
学習内容の取扱いについても現行指導要領では「『探究活動』においては、各項目の学習活動と関連させながら観察、実験を行い、報告書を作成させたり発表を行う機会を設けたりすること」とあるが、新指導要領では「この科目で育成を目指す資質・能力を育むため、観察、実験などを行い、探究の過程を踏まえた学習活動を行うようにすること」と表現が変わっている。また、現行指導要領では「その特質に応じて、情報の収集、仮説の設定、実験の計画、実験による検証、実験データの分析・解釈、法則性の導出などの探究の方法を習得させるようにすること。その際、コンピュータや情報通信ネットワークなどの適切な活用を図ること」と記載されているが、新指導要領では「学習内容の特質に応じて、情報の収集、仮説の設定、実験の計画、実験による検証、実験データの分析・解釈、法則性の導出などの探究の方法を習得させるようにするとともに、報告書などを作成させたり、発表を行う機会を設けたりすること」という記載に変更されている。さらに、「物理現象を扱う際には、生徒が経験的にもっている素朴な概念に留意して指導をすることが大切である。そのためには、学習課題に関する生徒の考えを引き出し、物理学の原理・法則との整合性を議論させ、他の生徒や教師との関わりを通して、自らの考えの正しかった部分、誤っていた部分等について振り返らせることが重要である」という文章が新指導要領の解説で追記されている。これらからわかるように、今回の改訂では観察、実験を行うことがより強調されており、それらを通して「科学的に探究するために必要な資質・能力の育成を目指す」ことを前面に出している。
【2】学習内容
科目と標準単位数については、『物理基礎』2単位、『物理』4単位であり、現行教育課程と変わらない。
『物理基礎』では『中学校理科第1分野』との関連を、『物理』では『物理基礎』との関連を考慮することとしている。扱う内容については『物理基礎』・『物理』ともに追加・削除された単元はなく、現行指導要領と差異はない。新指導要領では知識及び技能についての記載は現行指導要領と同じであるが、今回変更された点としては、これまで章末(分野末)にまとめてあった探究活動の記載がなくなり、各分野の中に観察、実験が組み込まれたことである。新指導要領では「科学的に探究するために必要な資質・能力の育成を目指す」という目標に従って、取扱う内容について思考力、判断力、表現力等を示し、「観察、実験などを通して探究し、学習する内容における規則性や関係性を見いだして表現すること」という内容が補足されている。また、物理においての「主体的・対話的で深い学び」の実施については、「個人でこれらの現象について定性的に考察させた上で、グループでの話合いを通して考えをまとめて表現させること」が考えられる。
【1】でも述べた通り、新指導要領では観察、実験がより強調されているが、新たに「観察、実験などを行う」という一文が追記された単元を『物理基礎』・『物理』それぞれについて示し、さらに記載されている実験の活用例も簡単に示しておく。
【表】新指導要領解説で「観察、実験などを行う」という一文が記載された単元と実験の活用例
- 物理基礎
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(1)物体の運動とエネルギー
物体の運動とエネルギーについて、観察、実験などを通して探究し、運動の表し方、様々な力とその働き、力学的エネルギーにおける規則性や関係性を見いだして表現すること。
(ア)運動の表し方:直線運動の加速度(速度が変化する物体の直線運動に関する実験)
(例)ビデオカメラなどの撮影装置の映像や画像などを活用し運動の記録をとる。電車やエレベーターなど身近な乗り物や斜面に沿って上昇して下降する台車などの直線的な加速度運動の様子を調べる。
(イ)様々な力とその働き:運動の法則(物体に一定の力を加え続けたときの運動に関する実験)
(例)力学台車などに一定の大きさの力を水平に加え続けたときの運動について加える力の大きさを様々に変えて加速度を調べる。
(ウ)力学的エネルギー:力学的エネルギーの保存(力学的エネルギーに関する実験)
(例)簡易速度計などで速さを測定する。単振り子最高点と最下点の高さの差から最下点を通過する速さを予想させる。レールなどによって作成したジェットコースターの軌道の模型を活用する。
(2)様々な物理現象とエネルギーの利用
様々な物理現象とエネルギーの利用について、観察、実験などを通して探究し、波、熱、電気、エネルギーとその利用における規則性や関係性を見いだして表現すること。
(ア)波:音と振動(気柱の共鳴に関する実験)
(例)ストロボ装置などを用いて弦の振動を観察する。おんさ、コンピュータ、オシロスコープなどを活用し、その振動数と気柱の長さとの関係について調べる。
(イ)熱:熱の利用(熱に関する実験)
(例)ある高さから床に何度も落下させた物体の温度上昇を調べる。
(ウ)電気:物質と電気抵抗(電気抵抗に関する実験)
(例)送電ケーブル、マルチメーター(テスター)などを活用し、断面積が等しく材質の異なる金属線の抵抗を調べる実験を通して、抵抗率を比較する。
- 物理
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(1)様々な運動
様々な物体の運動について、観察、実験などを通して探究し、平面内の運動と剛体のつり合い、運動量、円運動と単振動、万有引力、気体分子の運動における規則性や関係性を見いだして表現すること。
(ア)平面内の運動と剛体のつり合い:剛体のつり合い(大きさのある物体のつり合いに関する実験)
(例)ばねばかりでつるした棒にいくつかのおもりをつり下げる実験を行い、おもりの位置や重さを変えて棒がつり合う条件を見いだして理解させる。日常生活との関わりの中で防災などの観点から触れる。
(イ)運動量:運動量の保存(物体の衝突や分裂に関する実験)
(例)2台の台車を用いて、衝突や分裂の際の速度をセンサなどで計測する実験を行い、衝突や分裂における運動量保存の法則を理解させる。
(ウ)円運動と単振動:単振動(振り子に関する実験)
(例)単振り子の長さと周期との関係を調べる実験を行い、単振動の規則性を見いだして理解させる。
(エ)万有引力:惑星の運動(惑星の観測資料に基づいて惑星の運動に関する法則を理解する)
(例)惑星の軌道データや人工衛星などの運動を活用し、ケプラーの法則を扱う。
(オ)気体の分子運動:気体の状態変化(気体の状態変化に関する実験)
(例)簡易な熱機関の模型を作成し熱機関の仕組みや気体の状態変化について調べさせる。
(2)波
波について、観察、実験などを通して探究し、波の伝わり方、音、光における規則性や関係性を見いだして表現すること。
(ウ)光:光の回折と干渉(光の回折と干渉に関する実験)
(例)光源の波長や複スリットの間隔と干渉縞との関係を調べる実験を行い、光の回折と干渉を光波の性質と関連付けて理解させる。
くさび形空気層やニュートンリングの実験を行う。光ディスクなどの反射光の色付きなど、日常生活で見られる干渉現象について調べさせる。
(3)電気と磁気
電気や磁気について、観察、実験などを通して探究し、電気と電流、電流と磁界における規則性や関係性を見いだして表現すること。
(ア)電気と電流:電気回路(電気回路に関する実験)
(例)複数の太陽電池の接続の仕方や接続する抵抗を変えて、発生する電流や電圧を測定することにより、太陽電池の性質について調べさせる。
(イ)電流と磁界:電磁誘導(電磁誘導に関する実験)
(例)抵抗、コンデンサー、コイルを直列に接続した回路に交流電圧を加えたとき、回路に加えた電圧とそれぞれの素子に加わる電圧との関係を予想させ、測定した結果と比較する。
(4)原子
原子について、観察、実験などを通して探究し、電子と光、原子と原子核における規則性や関係性を見いだして表現すること。
(例)光電管や発光ダイオードなどを活用してプランク定数を求める。
2.高等学校への影響
今回の新指導要領に従う授業を展開するとなると、従来の授業に加えて現行課程版教科書に記載されている観察、実験等の探究活動を今よりも時間をかけて取り扱う必要があり、かなりの創意工夫が求められることになるだろう。限られた時間の中で観察、実験を主とする授業を展開するには実験室の確保、実験器具の充実、データの分析や発表の時間の確保など大幅な授業計画の変更が必要となる。旧教育課程から現行教育課程に変更された際、内容がかなり増えたため教科書の全項目を消化するのが大きな負担になったが、今回の改訂では学習分量の変化はないため、更なるギアチェンジと綿密な授業計画が必要となる。しかし、高校物理の柱となるニュートン力学の基本体系、原理・法則による考え方を定着させるためには、実験ばかりに時間をとることはできないのも現実である。それでも今回の改訂に沿って観察、実験を授業に取り入れるならば、従来の授業の中で物理法則が生まれた歴史的実験の内容を紹介し、身近にある器具(記録タイマー、ばね等)とセンサやビデオカメラ等を活用しながら効率よく実験を行う必要があるだろう。またICTの活用も生徒の理解を深めるきっかけとなるだろう。例えばコンピュータシミュレーションを利用して熱や温度を観察することなども挙げられる。データ分析の練習、レポートの作成、グループでの話合いや発表については、既存の実験データや試行実験によるデータを用いたものを与え、自宅課題や夏休みの課題としてレポートを作成させることで、時間不足を解消することも考えられる。また、総則にあるような教科等横断的な視点からの指導のねらいの具体化や、教科間の指導の関連付けを『物理基礎』・『物理』としてどのような指導が可能なのかを考慮して教科等の枠組みを超えた指導の組み立てが必要となる。さらに、現代的な諸課題(原子力発電に変わるエネルギーの開発、核廃棄物の処理の問題、自然災害等)に対応して求められる資質・能力として、問題発見・解決能力を身に付けるために『物理基礎』・『物理』では、諸課題の科学的な理解や科学的に探究する態度、科学的に思考し、情報を正しく理解する力を育成し、統合的に活用できるようにすることも意識しておく必要がある。
3.大学入試への影響
2021年度(2021年1月実施)に実施された大学入学共通テストでは、『物理基礎』『物理』ともに、これまでも出題されていた知識及び技能を中心に確認する問題と、観察、実験(探究活動)に基づいた思考力・判断力・表現力を主に問う問題が出題された。観察、実験に基づいた問題は、今回の新指導要領の方向性に沿ったものでもあり、今後も出題されるであろう。また、観察、実験の流れに沿った問題として、測定誤差や実験の精度、有効数字などを考慮した基本的なデータの扱いや、近似の考え方、表やグラフからデータを抽出し利用する問題も出題される可能性が高い。
国公立大二次及び私立大一般選抜においては、今回の改訂の影響がどの程度なのかは不明であるが、選抜方法がペーパーテストとして実施されるのであれば、過去の大学入試の『物理』の問題を振り返ってわかるように、入試問題の内容に大きな変化はないだろう。その理由としては、他の教科とは異なり、高校で学習する『物理』の内容については教育課程が変わっても学習内容が変化していないからである。ただ、共通テストと同様に観察、実験を主とする出題が増加することが予測される。また、学校推薦型選抜・総合型選抜を実施する大学において、観察、実験を実施し、そのデータについて討論させることで思考力・判断力・表現力および学びに向かう力、人間性等を総合的に判断する大学も出てくると考えられる。いずれにせよ今後の大学の動向にはアンテナを張りつつ、変化に応じて多種多様の指導が求められることになるだろう。
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