化学基礎・化学 理科 | 高等学校学習指導要領分析
2018(平成30)年3月に告示された高等学校学習指導要領の分析報告
*2018年7月に公開された「高等学校学習指導要領解説」の分析を踏まえ、分析結果を修正・追記しました。(2018年10月)
*2021年3⽉に公表された「平成30年告示高等学校学習指導要領に対応した令和7年度大学入学共通テストからの出題教科・科目について」を踏まえ、分析結果を修正・追記しました。(2021年5⽉)
1.今回の改訂の特徴
【1】育成する資質・能力について
平成28年(2016年)12月に文部科学省中央教育審議会において取りまとめられた「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)別添資料」のなかで、化学においては主に「粒子」領域において、「自然の事物・現象を主として質的・実体的な視点で捉える」ことを特徴的な視点として整理されていた。また、資質・能力を育成する過程で働く、物事を捉える視点や考え方として「見方・考え方」も示されていた。今回の新学習指導要領(以下、新指導要領)は、これらの考え方に基づいて出されている。
また、2018(平成30)年7月に告示された「高等学校学習指導要領解説 理科編 理数編」(以下、「解説」)では、冒頭に各科目の「性格」が提示され、科目の性格と目的が鮮明になっている。
『化学基礎』
科目の特徴として、「物質とその変化に関わる基礎的な内容を扱い、日常生活や社会との関連を図りながら、化学が科学技術に果たす役割などについて認識を深めさせ、科学的に探究する力と態度を育成すること」と記載され、身の回りの事物・現象に関心をもたせることが強調されている。これを具体化するものとして、「(1)化学と人間生活」を導入として位置付け、ここで化学の学習の動機付けを図り、これを踏まえて、「(2)物質の構成」「(3)物質の変化とその利用」で、物質とその変化に関する基本的な概念や原理・法則を理解させ、さらに(3)の最後に「(3)ア(ウ) ㋐化学が拓く世界」を新設し、ここまでで学んだ事柄が、日常生活や社会を支えている科学技術と結びついていることを理解させる構成になっている。
『化学』
科目の特徴として、「中学校理科第1分野及び『化学基礎』との関連を図りながら、化学的な事象を更に深く取り扱い、…(中略)…科学的に探究するために必要な資質・能力を育成する」ことが記載され、「化学の概念や原理・法則といった抽象化された事項も、単に記憶するだけではなく、常に物質の示す具体的なふるまいと結び付けて理解させること」が強調されている。また、ここまでで学んだ内容が、「化学の成果が様々な分野で利用され未来を築く新しい科学技術の基盤となっていることを理解させる」ものとして大項目「(5)化学が果たす役割」を新設したことが説明されている。
(1)科目の目標の明確化
現行学習指導要領(以下、現行指導要領)にも科目の目標は記載されているが、新指導要領では、目標として「物質とその変化を科学的に探究するために必要な資質・能力」(『化学基礎』)、「化学的な事物・現象を科学的に探究するために必要な資質・能力」(『化学』)を育成することとし、その内容について(1)知識及び技能、(2)思考力、判断力、表現力等、(3)学びに向かう力、人間性等の三つの柱に対応する形で、次の3点が列記された。
『化学基礎』
(1)日常生活や社会との関連を図りながら、物質とその変化について理解するとともに、科学的に探究するために必要な観察、実験などに関する基本的な技能を身に付けるようにする。
(2)観察、実験などを行い、科学的に探究する力を養う。
(3)物質とその変化に主体的に関わり、科学的に探究しようとする態度を養う。
『化学』
(1)化学の基本的な概念や原理・法則の理解を深め、科学的に探究するために必要な観察、実験などに関する技能を身に付けるようにする。
(2)観察、実験などを行い、科学的に探究する力を養う。
(3)化学的な事物・現象に主体的に関わり、科学的に探究しようとする態度を養う。
目標の(1)に関して、『化学基礎』、『化学』に共通した内容として「幾つかの事象が同一の概念によって説明できることを見いだしたり、概念や原理・法則を新しい事象の解釈に応用」することが述べられているが、『化学』ではさらに、「物質の変化の結果を予測したりする活動を行うことが大切である」ことが付け加えられている。いずれも、観察、実験などから概念を抽出し、さらに抽出した概念を具体へと演繹する能力の獲得が述べられているが、『化学』では、より演繹する能力の獲得に重心が置かれている。目標の(2)については、『化学基礎』、『化学』ともほぼ同じ内容で、情報の収集、仮説の設定、実験の計画、実験による検証、実験データの分析・解釈などの探究の方法を習得させるとともに、報告書を作成させたり発表させたりして、科学的に探究する力を育てることが重要である」(『化学基礎』から引用)と具体的に踏み込んだ内容が提示されている。目標の(3)に関しては、『化学基礎』、『化学』に共通した内容として、科学的に探究しようとする態度の育成が述べられているが、さらに『化学基礎』では、「事物・現象に対する気付きから課題を設定」していくこと、『化学』では、「自然体験の大切さや日常生活や社会における科学の有用性を実感できるような場面を設定すること」が記されている。
このように、新指導要領では、上記(1)~(3)の目標が明示され『化学基礎』、『化学』の指導を通して、どのような資質・能力の育成を目指すのかが具体的に示されている。
(2)「内容」で探究、考察、表現を重視
「内容」は、現行指導要領では、扱う項目のみの記載であるが、新指導要領ではア、イの構成になり、アで扱う項目が列挙され、イで「(扱う項目について)観察、実験などを通して探究し、科学的に考察し、表現すること」あるいは「(扱う項目について)観察、実験などを通して探究し、(扱う項目における)規則性や関係性を見いだして表現すること」などが記載されている。この記載が加わったことによって、教科書の構成で、今まで以上に「探究」などの比重が高まる可能性がある。
(3)『化学』の「内容」として「化学が果たす役割」を新設
『化学』は現行指導要領とほぼ同様の「(1)物質の状態と平衡」「(2)物質の変化と平衡」「(3)無機物質の性質」「(4)有機化合物の性質」に加えて「(5)化学が果たす役割」が新設された。指導すべき項目としては「㋐様々な物質と人間生活」「㋑化学が築く未来」の二つで構成されている。現行指導要領では「無機物質と人間生活」「有機化合物と人間生活」「高分子化合物と人間生活」で扱われていた「(無機物質や有機化合物、高分子化合物が)その特徴を生かして人間生活の中で利用されていることを理解する」の内容が「(5)化学が果たす役割」に移行されている。
【2】学習内容
(1)具体的な学習内容
『化学基礎』、『化学』においては、科目構成、履修単位数に変化はなく、また、扱う項目全体については大きな変化はない。しかし、各項目の詳細な内容については、いくつか変更がある。
『化学基礎』
①「化学と人間生活」での一部変更
現行指導要領の「(ア)人間生活の中の化学」が新指導要領では「㋐化学の特徴」に項目名が変わり、「物質の利用とその製造の例を通して、化学に対する興味・関心を高めること」などの記述が削除され、「身近な物質の性質を調べる活動を通して、物質を対象とする科学である化学の特徴について理解する」と変更されている。
なお、身近な物質の性質を調べる活動として、砂糖水と食塩水が具体例として挙げられている。
また、「㋓熱運動と物質の三態」では、現行指導要領で扱っていた気体分子のエネルギー分布や絶対温度が記載されていない。しかし、新指導要領『化学』の「(1)(ア)㋑気体の性質」で、気体分子のエネルギー分布や絶対温度の定義にも触れることと新たに記載されており、この項目は、『化学基礎』から『化学』に移行されている。
②「(3)物質の変化とその利用」では「酸化と還元」でダニエル電池の取り扱いを明記
現行課程版教科書では「発展」の扱いであったダニエル電池が、「酸化と還元」で扱う項目として明記された。また、現行指導要領の「解説」では、日常生活との関わりの例として漂白剤、電池、金属の製錬が挙げられていたが、新指導要領の「解説」では、漂白剤、金属の製錬については記載がなく扱われない可能性がある。
③「(3)物質の変化とその利用」で「(ウ)化学が拓く世界」が新設
「(3)物質の変化とその利用」は、現行指導要領の「物質量と化学反応式」「化学反応」(酸・塩基、酸化と還元)に加えて、新指導要領では「化学が拓く世界」が新設された。具体的な事例としては、安全な水道水を得るための科学技術、食品を保存するための科学技術、ものを洗浄するための科学技術が、扱う実験としては、残留塩素の定量、アスコルビン酸の検出、洗剤の洗浄作用が挙げられており、①で触れた現行課程版教科書の「化学と人間生活」の内容の一部や「酸化還元反応の利用」などの内容が含まれると思われる。
『化学』
①有機化合物、高分子化合物の統合
現行指導要領では、「(4)有機化合物の性質と利用」「(5)高分子化合物の性質と利用」と別項目となっていたが、新指導要領では、これらをまとめて「(4)有機化合物の性質」に含み、この中の詳細として「(ア)有機化合物」「(イ)高分子化合物」と分けている。ただし、内容的に大きな変更はない。
②「(5)化学が果たす役割」の新設
ここでは、指導すべき主な内容として、無機物質、有機化合物、高分子化合物が人間生活の中で利用されていることへの理解、およびこれからの社会において化学が果たす役割の考察などが記述されている。「解説」では、「㋐様々な物質と人間生活」で、無機物質の工業的な製法、特徴的な性質をもつ無機物質の利用、ペニシリンやサリチル酸誘導体などの発見や合成の歴史、アゾ化合物の染料としての利用、機能性高分子、金属やプラスチックなどの資源の再利用、物質を同定するための機器分析の利用が挙げられている。現行課程版教科書で「無機物質と人間生活」「有機化合物と人間生活」「高分子化合物と人間生活」で扱われていた項目の多くがここに移行すると思われる。なお、「㋑化学が築く未来」では、資源、エネルギーなど先端の化学、元素戦略、量子化学計算の活用などが挙げられているが、どのような観点から扱うべきかについては明示されていない。なお、エネルギー問題や環境問題などの内容も含まれる可能性がある。
③理論分野で扱う内容が追加
理論分野(「(1)物質の状態と平衡」「(2)物質の変化と平衡」)では、次の3点で注目すべき変更があった。
1.「気体の性質」の内容の取り扱いとして「気体分子のエネルギー分布と絶対温度にも触れること」が加えられた。これに関連する内容としては『化学基礎』の「熱運動と物質の三態」があるが、現行教育課程(以下、現行課程)では『化学基礎』で扱われていた気体分子の速さの分布のグラフがここに移され、やや深い内容となる可能性がある。
2.「化学反応と熱・光」の内容の取り扱いとして新指導要領では「吸熱反応が自発的に進む要因にも定性的に触れること」が加えられたが、さらに、「解説」では、以下の踏み込んだ内容になっている。「熱の発生や吸収については、反応熱が生成物と反応物のもつそれぞれの化学エネルギーの総和の差で表せることやヘスの法則を扱う。化学エネルギーの差については、エンタルピー変化で表す。また、反応熱と結合エネルギーとの関係にも触れる。吸熱反応が自発的に進む要因に定性的に触れる際には、エントロピーが増大する方向に反応が進行することに触れることが考えられる」と記載されている。つまり、現行指導要領にあった「熱化学方程式やヘスの法則を扱うこと」の熱化学方程式の項目がなくなり、代わりに「エンタルピー変化で表す」と変更されており、現行課程の「化学反応と熱」の指導内容を大幅に変更する内容となっている。なお、反応の進行を決める要因として「乱雑さ(エントロピー)」が重要な要素であることは、かつて昭和45年(1970年)告示の学習指導要領に記載されたことがあり、また現行課程でも一部の教科書が「参考」として扱っているが、新教育課程では、これが必修項目となる。
3.「電池」「電気分解」に関して、現行指導要領では、「電気分解」「電池」の順番であったが、新指導要領では、「電池」「電気分解」の順番になり、電池では、ダニエル電池が『化学基礎』に移り、『化学』では「代表的な実用電池を扱う」として、乾電池、鉛蓄電池、リチウムイオン電池、燃料電池が挙げられている。
④「(3)無機物質の性質」で元素の分類に変更
元素の分類がIUPAC(国際純正・応用化学連合)による2005年勧告のものに沿って、扱うべき元素のうち、マグネシウムはアルカリ土類元素に、亜鉛は遷移元素に分類された。また、「㋐典型元素」ではアルカリ金属元素、アルカリ土類金属元素(ここにマグネシウムが含まれる)、ハロゲン、貴ガスを中心的に扱い、「㋑遷移元素」では、クロム、マンガン、鉄、銅、亜鉛、銀を扱うとしている。
また、現行指導要領に記載のある「人間生活に利用されている代表的な金属、セラミックス」は新指導要領では削除されており、その内容は「(5)化学が果たす役割」に移行すると思われる。
さらに「カリウム原子では、M殻が最大収容数の電子で満たされる前にN殻に電子が収容される理由や、塩化物イオンでは、M殻が最大収容数の電子で満たされていなくても安定に存在できる理由に触れることも考えられる」との記載があるが、これが原子軌道に踏み込んだ内容を示唆している可能性もある。
⑤「(4)有機化合物の性質」では取り扱う内容が一部減少
現行指導要領では、「有機化合物の性質と利用」「高分子化合物の性質と利用」で扱うべき内容として、「代表的な医薬品、染料、洗剤などの主な成分にも触れること」「核酸の構造にも触れること」の記載があったが、新指導要領では、これらは記載されていない。医薬品、染料、洗剤については脂肪族化合物や芳香族化合物、あるいは「(5)化学が果たす役割」のなかで扱われると思われるが、全体としては記載内容が軽減される可能性がある。
(2)中学との関係
平成21年(2009年)の現行指導要領への移行で、中学理科と高校理科、とくに基礎科目との連携が明確化された。中学理科を「エネルギー」「粒子」「生命」「地球」などの概念を柱とし、中学・高校を通じた理科の内容の構造化を図るというもので、「粒子」では中学理科で物質やその変化について、原子や分子を化学変化で実体的に捉え、高校理科(『化学基礎』)ではこれを踏まえて、構成粒子について、原子の構造や電子配置から包括的・高次的に捉えるというものであったが、新指導要領でもこの観点は継続されており、大きな変更はない。
(3)教科書はどのように変わるか
扱うべき項目に大きな変化がないので、教科書に記載される項目自体に大きな変化はないと思われる。ただし、『化学』理論分野の「(2)物質の変化と平衡」の「(ア)化学反応とエネルギー」に関しては、内容的に大きな変化があり、記載内容も大きく変わる可能性がある。また、現行課程版教科書では、たとえば、『化学』教科書の第1部「物質の状態」では、固体の構造、物質の状態変化、気体の性質、溶液の性質などの項目の解説があり、これに付随する形で章末に「探究活動」が記載されているが、今回の指導要領の変化を受けて、「探究活動」が一つの章として扱われ、内容が拡充される可能性が大きい。
2.高等学校への影響
(1)主体的・対話的で深い学びとの関連
前述したように、新指導要領では、目標の明確化、探究・考察・表現の重視などを新たに掲げており、それはとくに「探究活動」の拡充に具現化されると思われる。たとえば物質の定量分析に関して、いくつかのグループを作り、webの活用も含めて、定量方法を考え、それに基づいて実験を行い、データを集め、その結果から分析値を計算する、またグループにより結果にばらつきがある場合には、その理由について集団で検討するというような、文字どおり「主体的で対話的」な展開も考えられる。
(2)アクティブ・ラーニング、ICTツールの活用
上で述べた「探究活動」における実験計画の立案、実行、データの収集・分析のサイクルは、個人で思考するとともに、集団での意見交換、協働の作業を前提としており、アクティブ・ラーニングの一環といえる。また、立案段階での情報の収集において情報通信ネットワークを活用する、観察・実験の様子を録画する、データを解析するにあたってタブレットPCを用いるなどといったICTの活用は不可欠であり、効果的である。
(3)カリキュラム編成、評価
探究活動のウェイトが大きくなることは確実であり、これに対応したカリキュラムの編成が求められる。したがって、指導すべき知識項目の再編成や授業時間の確保が課題になるだろう。『化学』で新設された「(5)化学が果たす役割」の「㋐ 様々な物質と人間生活」の内容は、現行課程も参考にして、無機物質や有機化合物の対応する項目で扱うことも考えられる。また、定期テストなどの点数による評価とともに、探究活動に対する評価方法の確立も求められる。
3.大学入試への影響
(1)大学入学共通テストへの影響
令和3年(2021年)1月に実施された大学入学共通テストでは、知識の理解の深さや思考力、判断力が重視され、問題文から必要な情報を読み取って、データの処理を適切に行なったり、観察・実験結果を分析・考察したりするなど、新指導要領の方向性に沿った問題が多く出題された。新指導要領に移行した後の入試でも、大きくはここで示された方向で実施されるであろう。
(2)個別入試への影響
化学においては扱う項目に大きな変更はないので、個別入試における出題内容は大きくは変わらないと思われるが、実験方法の考察など、探究活動に対応した出題は増加するだろう。また、「化学反応と熱」で導入されるエンタルピー、エントロピーの概念は、大学や諸外国の高等学校ではすでに扱われているものであり、新教育課程施行を待たずに、徐々に導入される可能性がある。
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