理数 高等学校学習指導要領分析
2018(平成30)年3月に告示された高等学校学習指導要領の分析報告
*2018年7月に公開された「高等学校学習指導要領解説」の分析を踏まえ、分析結果を修正・追記しました。(2018年10月)
1.今回の改訂の特徴
【1】育成する資質・能力について
今回の改訂では、新たに共通教科として「理数」を位置づけ、「理数探究」及び「理数探究基礎」が科目として設定された。この教科・科目の設定のねらいとしては、2018年3月の「高等学校学習指導要領の改訂のポイント」によると、数学・理科にわたる探究的科目については、「将来、学術研究を通じた知の創出をもたらすことができる創造性豊かな人材の育成を目指」すとある。またこの「理数」は、現行教育課程の数学科の「数学活用」、理科の「理科課題研究」、および専門教科「理数」の「課題研究」の内容を踏まえて発展的に新設された教科であるため、これらの科目は廃止されることとなった。
「新学習指導要領」では、「理数」の目標を「様々な事象に関わり、数学的な見方・考え方や理科の見方・考え方を組み合わせるなどして働かせ、探究の過程を通して、課題を解決するために必要な資質・能力」を育成することとしている。「学習指導要領解説」(以下、「解説」)によると、「数学的な見方・考え方」とは、事象を数量や図形及びそれらの関係などに着目して捉え、論理的、統合的・発展的、体系的に考えることであり、「理科の見方・考え方」とは、自然の事物・現象を質的・量的な関係や時間的・空間的な関係などの視点で捉え、比較したり、関係付けたりするなどの探究する方法を用いて考えることと定義されており、教科「理数」はこれらを踏まえた資質・能力の育成が求められる。
また、「育成すべき資質・能力の三つの柱」である「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の三つの具体的目標も明記された。
「各科目の性格」によると、両科目とも様々な事象に興味をもち、多角的や複合的な視点で事象を捉えながら探究し、その探究の過程における生徒の思考や態度及び、探究の過程全体をやり遂げることが重要とされている。その上で、「理数探究」は「理数探究基礎」などで身につけた資質・能力を活用して探究をおこなう中で、課題設定やアイディア創発の際にはさらなる自発性が必要となり、「理数探究基礎」から一段進んだ主体性や挑戦性が求められている。
科目ごとで具体的にみていくと、目標には大きな相違がみられないものの、「理数探究基礎」では全般的に「基本的な」という言葉が加えられている。一方「理数探究」では、数学や理科などに関する課題を主体的に設定することも想定していること、また課題の解決までではなく、探究の過程を振り返って評価・改善するところまでを目標としていることなどが異なっている。
各科目の「内容」では、「知識及び技能」として、「理数探究」では探究の意義と過程、研究倫理について理解させ、観察、実験、調査等についての技能、事象を分析するための技能、探究の成果などをまとめ、発表するための技能を身に付けさせるとしている。「理数探究基礎」も概ね同様であるが、基本的な技能の習得と「基本的な」が加わり、「理数探究」で求められている探究の「成果」ではなく、探究の「結果」にとどめられている。
身に付ける「思考力、判断力、表現力等」としては、「理数探究基礎」では(ア)課題を設定するための基礎的な力(イ)数学的な手法や科学的な手法などを用いて、探究の過程を遂行する力(ウ)探究した結果をまとめ、適切に表現する力が挙げられている。また、「理数探究」では(ア)多角的、複合的に事象を捉え、課題を設定する力(イ)数学的な手法や科学的な手法などを用いて、探究の過程を遂行する力(ウ)探究の過程を整理し、成果などを適切に表現する力が挙げられている。
「学びに向かう力、人間性等」については、「理数探究基礎」「理数探究」ともに、各科目の目標に記載された内容を適用するとしている。
【2】科目構成と学習内容
【表】科目構成
(1)具体的な学習内容
「理数探究基礎」「理数探究」では、自然事象や社会事象、先端科学や学際的領域、自然環境、科学技術、数学的事象に関して、数学的な手法や科学的な手法などを用いて探究する。多様な事象に対して、教科・科目の枠にとらわれずに多角的・複合的な視点で事象を捉え、数学・理科の考え方や手法を組み合わせて活用し探究的な活動を行う点が「数学」「理科」とは異なる特徴と言えるだろう。
「理数探究基礎」は探究活動の基礎を学ぶ段階であり、生徒の個性や実態に応じて実験や調査などの手法や統計処理の方法などを含んだ探究を遂行する上で必要な知識及び技能を身に付けさせる。また、実際に探究を遂行することなどを通して、各教科で学習した知識及び技能、見方・考え方の意味を再確認して新たな意味を見いだしたり、他の生徒とともに探究の方針を考え、議論したりして粘り強く探究に取り組む態度を身に付けさせる。一方、「理数探究」は実際に自ら探究を進める段階であり、課題の設定から振り返りまでを含めた探究活動の全過程を通して生徒がより主体的、挑戦的に取り組むことが目指される。生徒の興味・関心、進路希望等に応じて、個人またはグループで適切な課題を設定して主体的に探究を行い、結果をまとめて発表させる。また、中間発表を行うなど、途中段階での進捗を確認しながら粘り強く取り組ませることが重要とされ、さらに、探究した結果やその過程を報告書等にまとめさせることが求められている。
「解説」では、「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」について、各科目で扱う内容に関する説明が加えられている。以下では、その中でとくに注目しておきたい点を取り上げる。
「知識及び技能」
研究倫理について、「理数探究基礎」「理数探究」の双方において、参照した情報の信頼性に関する注意、出典の明記、データのねつ造や論文の盗用の問題性、生命倫理と人権への配慮などについて理解させることが示されている。
観察、実験、調査等についての技能としては、両科目ともに質や量による信頼性を高めたデータの収集方法や、サンプルの抽出方法、さらには記録の残し方の指導も必要とされている。
事象を分析するための技能として、「理数探究基礎」では、平均値や標準偏差、相関係数などの統計量を用いたデータの処理方法や変数の関係性を見いだすためのグラフ作成の技能を身に付けさせ、また、数学科や情報科で学習する統計的な内容と関連させながら、得られたデータから実験結果を予測して実験を行ったり、実験値と、理論値や数値シミュレーションから得られた結果とを比較したり分析の質を高めることも重要であるとされている。「理数探究」では、同様の内容に加えて、より高度な統計的手法である推定、仮説検証、単回帰の記載も見られる。
探究した結果をまとめ、発表するための技能について、「理数探究基礎」「理数探究」の双方において、報告書の作成に当たっては、設定した課題に対して探究の目的、仮説、方法、結果、分析、考察、結論、参考文献等をまとめ、論理的に記述する技能を身に付けさせることなどが記されている。なお、「理数探究」では「内容の取り扱い」において、広く成果を発信するために、英語で報告書を作成させることも考えられるとしている。また発表においては、他者にわかりやすく伝える方法や、資料の作成、話し方、質疑応答の技能も身につける必要がある。
いずれもどれか単独ではなく、一連の流れとして授業で総合的に習得させることが重要となるだろう。
「思考力、判断力、表現力等」
課題の設定に当たっては、「理数探究基礎」「理数探究」の双方において、生徒の興味・関心を尊重し、生徒自身が課題を設定できるようにすることが大切であるとしている。「解説」では「理数探究基礎」について、「先行研究や具体的な事例を複数検討すること」「教師や他の生徒との意見交換などを通して課題を明確化すること」「学校の実態や生徒の特性に応じて、小学校や中学校で学習した内容などを参考に課題を設定させ、探究させること」とされており、課題を設定する際の誘導がみられる。
(2)具体的な探究の対象やテーマ
「解説」によると、探究の対象としては「理数探究基礎」「理数探究」ともに、自然科学だけではなく、社会科学や人文科学で対象となるもの、芸術やスポーツ、生活に関するものなどあらゆるものが考えられるとされており、必ずしも理数系に限定しなくても良いとされているが、探究の課程の遂行には、主に数学的な手法や科学的な手法を使うことが求められる。
具体的な探究のテーマとしては、「内容の取り扱い」に参考例として記載されており、両科目ともア 自然現象や社会現象、イ 先端科学や学際的領域、ウ 自然環境、エ 科学技術、オ 数学的事象に分けて、「理数探究基礎」では合計25個、「理数探究」では合計16個挙げられている。なお、「理数探究基礎」に比べて「理数探究」の方が、より高度な内容や詳細な分析項目を含む課題例になっている。テーマ設定に生徒が悩んでいる際は、これらやここから派生できるテーマを参考に提示するのも一つの方法である。
また、探究の過程を遂行するための数学的な手法や科学的な手法の例として、以下のものが挙げられている。
「理数探究基礎」では、
・検証可能な仮説を立てること
・事象を数理的に捉え、構想や見通しを立てること
・仮説を検証するために適切な観察、実験、調査等を行うこと
・モデルをつくりシミュレーションを行うこと
・観察、実験、調査等の方法や結果を記録し、整理すること
・観察、実験、調査等の結果に基づき考察すること
「理数探究」では、上記に加えて、
・解析すべき現象から本質を抽出した幾つかの公理や定義に基づき、そこから演繹的推論によって結論を導くこと
・可能な限り多くの試行を行うこと
・データの特徴を捉え、具体的な現象を扱うのに適したモデルを構成すること
・限られた環境の中で目的を達成するために、最適な解決策を探ること
・課題に対する解決策の中で、条件を整理したり、取捨選択したりしながら、最善な解決策を見いだすこと
・先行研究や既知の知見と、自分の観察、実験の結果を比較し考察すること
・得られた結果を整理したり単純化したりするなどして、規則性や関係性を見いだし、結論を導くこと
・解決の方法や内容、順序を見直したり、自らの取組を客観的に評価したりして結果の妥当性を検討すること
・前提や条件を明確にして、また、統計的な手法などを活用して、数学的に得られた解を解釈したり評価したりすること
(3)教科書について
教科書については、現在のところ発行されるかどうか明らかではないが、「理数探究基礎」については、「学習指導要領」および「解説」で示された目標と内容に沿って、体系的に学習が可能な教科書が発行されることを期待したい。「理数探究」の場合、扱う事象に限定がなく多様であることと、生徒の主体性がとりわけ重視される科目の性格上、体系的な学習教材としての教科書の作成は困難と思われるが、数学や理科が有機的に組み合わさった探究例などを紹介する探究活動の事例集があれば、大いに役立つものと思われる。
2.高等学校への影響
(1)科目の履修
一部の学科を除き*1、「理数探究基礎」「理数探究」は選択科目であり、どちらか一方のみを単独で履修することも可能である。また、とくに分野を限定することなく横断的・総合的に探究的な学習を行うものとして、そのほかに「総合的な探究の時間」(数学・理科を中心とはせず、国際理解、情報、環境、福祉・健康などの現代的な諸課題、地域や学校の特色に応じた課題、生徒の興味・関心、職業・進路に関する課題などより広範囲から課題を設定する)が必履修科目として設置されているが、「理数探究基礎」または「理数探究」の履修をもって、「総合的な探究の時間」の履修の一部または全部に替えることができる。
(2)指導
指導に当たっては、数学または理科の教師が行うこととされ、「探究の質を高める観点から、数学及び理科の教師を中心に、複数の教師が協働して指導に当たるなど指導体制を整えることにも配慮すること」が要請されている。探究活動の効果的な指導のためには、体制の整備と経験の蓄積を要するので、新教育課程を見据えた取り組みを早期に進める必要があるものと思われる。探究活動に関する指導上のノウハウとしては、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)での「課題研究」における活動事例と成果の報告が参考になるものと思われる。また、知識及び技能として「数学」と「理科」での学習内容も重要になるので、履修の時期などに関して「数学」、「理科」の学習進度との調整が必要になるだろう。
課題の設定に当たっては、生徒の自由な発想と実現可能性のバランスに留意し、幅広い分野から選択可能にしたい(生徒の着想のほかには課題例を示して選択させる、先輩が取り上げた課題を掘り下げることも考えられる)。その際、生徒が既習の数学や理科の手法を前提として課題を限定するのではなく、設定した課題の解決のために、必要に応じて新たな手法を主体的に学び身に付けるように指導すればよいだろう。ただし、生徒の学習状況から乖離した過度に高度な課題とする必要はなく、生徒の興味・関心に応じて、生徒が主体的・対話的に探究活動を行えるかという観点から示唆を与えることが重要と思われる。些細な課題であっても、生徒が探究の過程全体を自ら遂行し、導き出した成果や生じた疑問をまとめて発表・討議し、探究活動を振り返って自ら評価したり、新たな課題を発見する経験を積むことは、将来(大学入学以降の専門的研究、実社会や実生活での活動)に向けての新たな価値を創造する力、粘り強く挑戦する力、問題解決能力の育成に資するものと思われる。
なお、探究の過程における留意点として、「新学習指導要領」では、生徒の主体的・対話的で深い学びの実現を図る目的から、探究した結果や探究の成果などを発表させる機会を設けること、コンピュータや情報通信ネットワークなどのICTを活用すること、大学や研究機関、博物館や科学学習センターなどと積極的に連携、協力を図ることが示されている。
(3)ICTツールの活用
課題解決の資質・能力を育成する際のICT活用の具体例とその利点について、「解説」では以下のものが挙げられており、ICTの積極的かつ適切な活用が効果的とされている。
・情報の収集・検索…研究機関が公開している最新のデータや専門的なデータの利用によって対象を広げ、より発展的な取組ができる。
・実験における計測・制御…センサとコンピュータを用いた自動計測によって、精度の高い測定や多数のデータの取得を行うことができる。
・結果の集計・処理…データを数値化し、工夫したグラフの作成によって、類似性や規則性を見出し、法則の理解を容易にすることができる。
・シミュレーションの利用…数学的な事象については、シミュレーションをして結果を予想し、思考を深めたり取組の質を向上させることができる。
(4)評価
評価については、2016年8月26日の「高等学校の数学・理科にわたる探究的科目の在り方に関する特別チームにおける審議の取りまとめ」によると、探究の成果における新たな知見の有無や価値よりも、探究の過程において1.【1】で示された資質・能力をどの程度身に付けることができたかや、探究の過程全体を俯瞰的に捉えて説明できるようになっているかという点を重視すべきであるとされている。また、生徒による相互評価、自己評価を取り入れるなどの多様な評価方法や複数の教員による複合的な視点での評価が必要ともされている。
- 1「理数に関する学科」(高等学校設置基準に規定されている専門教育を主とする学科の一つであり、「理数科」「数理科学科」「自然科学科」などの呼称で設置している高校がある)では、原則として「理数探究」は、数学や理科の諸科目とともに必履修科目となっている。
3.大学入試への影響
高大接続システム改革会議「最終報告」(2016年3月)では、新教育課程でのはじめての入試となる2024年度に実施される「大学入学共通テスト」から共通教科「理数」*2に対応する科目を出題すると明記され、「失敗を繰り返し試行錯誤しながら探究を深めていく科目であること」や「高度な知識の習得を求めるのではなく、新たな価値の創造に向かって探究していく基盤的な能力を育む科目であること」などの科目の在り方を踏まえて内容を検討するとしている。現在のところ国公立大二次・私立大入試や総合型選抜での出題についての情報は公表されていないが、先に挙げた「審議の取りまとめ」では、「個別大学における大学入学者選抜においても十分に評価されることが期待される」としている。また、文部科学省大学入学者選抜改革推進委託事業の一つである「高大での教育改革を目指した理数分野における入学者選抜改革」として、広島大学や東京工業大学をはじめとする諸大学で理数分野における複合的な思考力・判断力の評価や多面的・総合的評価の方法が研究されており、そこでは理数融合の入試問題の研究も行われているので、参考になるかもしれない。
- 2 当時は「数理探究」と記載されている。
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