日本史探究 地理歴史 | 高等学校学習指導要領分析
2018(平成30)年3月に告示された高等学校学習指導要領の分析報告
*2018年7月に公開された「高等学校学習指導要領解説」の分析を踏まえ、分析結果を修正・追記しました。(2018年10月)
*2021年3⽉に公表された「平成30年告示高等学校学習指導要領に対応した令和7年度大学入学共通テストからの出題教科・科目について」を踏まえ、分析結果を修正・追記しました。(2021年5⽉)
1.今回の改訂の特徴
【1】全体
・「日本史探究」は3単位の新しい科目であり、必履修科目である2単位の「歴史総合」を踏まえて、「従前の「日本史A」、「日本史B」のねらいを発展的に継承」(「高等学校学習指導要領解説」、以下「高等学校学習指導要領解説」は《解説》と略記)する科目として設置されている。
・「日本史探究」は、「我が国の歴史の展開について総合的な理解を深め、各時代の展開に関わる概念等を活用して多面的・多角的に考察し、歴史に見られる課題を把握し、地域や日本、世界の歴史の関わりを踏まえ、現代の日本の諸課題とその展望を探究する力を養うこと」(《解説》)をねらいとしている。
・「日本史探究」は、「我が国の歴史について、資料を活用し多面的・多角的に考察する力を身に付け、現代の日本の諸課題を見いだして、その解決に向けて生涯にわたって考察、構想することができる資質・能力を育成する科目」(《解説》)として構成されている。
【2】育成する資質・能力について
●「知識及び技能」
・「知識」については、「我が国の歴史の展開について、世界史的視野に立って各時代の特色及び変遷を総合的に考察し、我が国の伝統と文化についての認識を深めること」(《解説》)と説明されている。
・「技能」については、《解説》で、以下の3つの技能が示されている。
①「課題の解決に向けて必要な社会的事象に関する情報を収集する技能」
②「収集した情報を社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせて読み取る技能」
③「読み取った情報を課題の解決に向けてまとめる技能」
また、「これらの情報は主に様々な資料を通して収集される」(《解説》)としている。
●「思考力、判断力、表現力等」
・「思考力、判断力」については、《解説》で、以下の2つの力として説明している。
①「社会的事象の歴史的な見方・考え方を働かせて、歴史に関わる事象の意味や意義、伝統と文化の特色や、事象相互の関連を多面的・多角的に考察する力」
②「歴史に見られる課題を把握して、学習したことを基に複数の立場や意見を踏まえ、その解決を視野に入れて構想できる力」
・「表現力」については、《解説》で、以下の3つの力が示されている。
①「歴史に関わる事象の意味や意義について、自分の考えを論理的に説明する力」
②「資料等を適切に用いて、歴史に関わる事象について考察、構想したことを効果的に説明したり論述したりする力」
③「他者の主張を踏まえたり取り入れたりして、考察、構想したことを再構成しながら議論する力」
●「学びに向かう力、人間性等」
・「歴史に関わる諸事象について、生徒自らが関心をもって学習に取り組むことができるようにするとともに、学習を通してさらに関心が喚起されるよう指導を工夫する必要性」(《解説》)が示されている。
・(地理歴史科の)「学習を通して涵養される日本国民としての自覚、我が国の歴史に対する愛情、他国や他国の文化を尊重することの大切さについての自覚を深め、「学びに向かう力・人間性等」を養う」(《解説》)としている。
●「見方・考え方」
・社会的事象の歴史的な見方・考え方に沿った視点の例として、《解説》で、以下の5つの視点を掲げている。
①「時期、年代、時代など時系列に関わる視点」
②「展開、変化、継続など諸事象の推移に関わる視点」
③「類似、差異、多様性、地域性など諸事象の比較に関わる視点」
④「背景、原因、結果、影響、関係性、相互依存性など事象相互のつながりに関わる視点」
⑤「現在とのつながり」
●情報活用能力
資料の活用に関して、《解説》で、以下のような留意点が例示されている。
・資料に「問いかける」学習
「諸資料から歴史に関する様々な情報を適切かつ効果的に調べまとめる技能を段階的に身につけていくためには」、「「それは作成者が直接見聞した記録か、伝聞の記録か、解釈や仮説か、作成者個人の感想か」、「この資料が作成された背景とはどのようなものだったのか、また、どのような意図があったと考えるか」などを教師が問い、生徒が資料のもつ意味や重要性を考えることができるように指導を工夫することが大切である。」
「複数の資料を比較検討して異同を確認することなどの活動は、歴史の多様な解釈の叙述について理解することができ、生徒に疑問を生じさせることに有効であると考えられる。」
・様々な資料の活用とその事例
「今日に残された資料を歴史資料として扱う際には、それぞれの資料としての有効性や限界等の基本的な特性が存在することを理解できるようにすることが大切である。」
・デジタル化された資料の活用
「多様な歴史資料にアクセスすることで、一層の具体性をもった学習が可能となる。」
・地域に残る遺構や土地利用の変遷の活用
「江戸時代の絵図や明治期の地形図や地籍図を用い、「歴史的な地形」の変遷をたどることで、地域の姿を復原する」など、いくつかの手法を例示して、地域の発展の歴史を追うことが示されている。
【3】科目構成と学習内容
●日本史探究の構成
●中学社会・歴史総合との結びつき
・「中学校までの学習や「歴史総合」の学習との連続性に留意して諸事象を取り上げる」(高等学校学習指導要領(内容の取扱い(1)イ)、以下、高等学校学習指導要領は《指導要領》と略記)とあり、また、「近現代史の指導に当たっては、「歴史総合」の学習の成果を踏まえ、より発展的に学習できるよう留意すること」(《指導要領》内容の取扱い(1)カ)とあり、中学校社会科や「歴史総合」との強い連関性が示されている。
●指導法の詳細な指示
・A原始・古代→B中世→C近世→D近現代の順に授業を行うことが、《指導要領》の内容の取扱い(2)アで明記されている。《指導要領》に従えば、近現代先修といったカリキュラムは組めなくなるだろう。
・「内容」の各時代の項目は、A~Cは(1)→(2)→(3)の順序で、Dは(1)→(2)→(3)→(4)の順序で指導することが求められている。
・A~Dともに、(1)で時代を通観する問いを表現する→(2)で各時代の特色について仮説を表現する→(3)で(主題を設定し)歴史にかかわる諸事象の解釈や歴史の画期などを根拠を示して表現する、という構成をとっている。
・現行教育課程(以下、現行課程とする)の「日本史B」では、原則的に時代を追って歴史を考察させることになっているが、新教育課程(以下、新課程とする)の「日本史探究」では、「問い→仮説→解釈や画期の表現」というプロセスを通じてその時代の特色を理解させることが求められており、日本史教育における新しい枠組みが示されている。このことは、《指導要領》の「目標」にある「よりよい社会の実現を視野に課題を主体的に探究しようとする態度を養う」という部分を具体化したものであろう。
・「時代を通観する問い」とは、「前の時代からの変化と新たな時代に成立した社会との関係や、その変化が時代を通じて定着していく理由や条件などを考察するために、生徒自身が設定する「問い」である」(《解説》)としている。しかし一方、《解説》で提示されている具体的な指導においては、教師による「問いかけ」が重要な意味をもつことが、各所で示されている。
●教師の役割
・課題の設定
「教師が例えば、「江戸幕府の支配の特徴と江戸初期の文化の背景」などの主題を設定し、その主題を「幕藩体制が確立し、長い間維持されたのはなぜだろうか」 などの学習上の課題とするための「小項目全体に関わる問い」として設定して生徒に提示する」(《解説》)とあり、教師の役割が重きをなしている。
・仮説の表現
たとえば、「歴史資料と中世の展望」では、「「武士は全国を支配していたと評価できるのだろうか」、「この時期に、庶民の活動が歴史の資料に多く現れるようになったのはなぜだろうか」などの教師の問いかけを基に、相互に自分の考えを表現するなどの学習を通じ、生徒が「中世は、公家や武士、寺社などが政治や社会に、それぞれの権力をもち、さらに相互に影響を与えていた時代なのではないか」、「中世は、物資の生産や流通に大きな変化が生じた時代ではないか」などの仮説を立てて、(3)の学習に向けて展望をもつなどの学習が考えられる」(《解説》)とあり、仮説の表現においても教師の「問いかけ」によって仮説が立てられる指導例を示している。
・教師の「問いかけ」
(1)問いの表現→(2)仮説の表現→(3)諸事象の解釈や画期などの表現、のいずれの段階でも教師の「問いかけ」が重要な意味をもっており、教師の「引き出す力」が求められている。
●日本史学習における重点-「時代の転換」と「画期」
・《指導要領》の内容A~Dでは、(1)で「時代の転換」を理解することが強調されており、(3)で各時代の「画期」を表現することが獲得目標となっている。とくに「時代の転換」に関する知識・理解の重視は新学習指導要領の特徴の一つである。
●歴史資料/歴史の解釈、説明、論述
・現行課程「日本史B」では、「歴史の解釈」は中世に、「歴史の説明」は近世に配置され、「歴史と資料」は科目の導入として、「歴史の論述」は科目のまとめとして位置づけられている。これに対し、新学習指導要領では、各時代で「諸資料を活用」することが強調されており、また、D近現代以外のA原始・古代、B中世、C近世の各時代において、(3)に「歴史の解釈、説明、論述」という文言が付されている。
2.高等学校への影響
●主体的・対話的で深い学び
・《指導要領》の「目標」に、「歴史に見られる課題を把握し解決を視野に入れて構想する力や、考察、構想したことを効果的に説明したり、それらを基に議論したりする力を養う」とあり、また、全教科的に「主体的に学習に取り組む」ことが強く打ち出されていることから、「問い」→「仮説」→「解釈や画期の表現」の各段階で、グループでの検討、発表、議論などを行うことが必要となるだろう。さらに、「思考力、判断力、表現力」の養成のためには、レポートを書かせることも有効な手法であろう。
・上記のような指導には、かなりの時間をとられるので、現行課程「日本史B」よりも単位数の少ない「日本史探究」の指導においては、何らかの工夫が必要であろうと思われる。そのために、《指導要領》でも、中学校社会科歴史的分野や「歴史総合」の学習の成果を有効に利用することが強調されており、反転学習の導入も一つの方法であろうと考えられる。
●教科書への影響
・各出版社が、「日本史探究」の学習指導要領の理念と内容をどれほど忠実に教科書に反映させるのかは、現時点では判断することができない。各教科書の概要がわかった段階で、あらためて分析を試みたい。
3.大学入試への影響
・「日本史探究」という新しい科目の設置が入試動向にいかなる影響を与えるかは、現時点では判断できない。それは、各大学のアドミッションポリシー、高大接続改革にともなう大学入学共通テストのありかた、「日本史探究」の高校教科書の内容など、現時点ではさまざまな不確定要素があるからである。それらの概要がつかめた段階で、あらためて考察することにする。
・あえて現段階で予測するならば、「日本史探究」で強調されている「歴史の転換」・「画期」にかかわる出題が見られるだろう。また、現行課程「日本史B」でも重要視されている「資料」が一層大きな意味をもつことになるので、現状のいわゆる史料問題とは異なる、資料を使った新しいタイプの問題が出題されることも予想される。
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