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2022.4.1公開

本来取り組むべき「解かなければいけない問題」の演習不足を避けるには

経費を惜しんで時間を失う受験生は意外と多い。「火が通った過去問」と「生の過去問」・・・あなたはどちらを選択しますか?

学習時間について思うこと…続編 一日の学習時間の限界とは

古い昭和の時代には「5当・6落」などという言葉がありました。これは、睡眠時間を5時間にして学習する人は合格できるが、6時間寝る人は不合格になる」ということです。要は残りの時間を全て学習に回せという、ただの根性論ですね。ただし、私が予備校で仕事をしはじめた30年くらい前には、すでに例え話や笑い話の類になっていたので、誰も本気にはしていませんでした。
では、実際にはどういう学習が平均的なのか考えてみましょう。前回、「夏休みに一日10時間学習しなさいと皆さんに問いかけたらどう思うか」という質問をして、回答を分類したのを覚えておられるでしょうか。今回はその続きとして、近頃、高校やイベントで講演をご依頼いただいた時にする学習時間のお話をします。
ここで、「夏休み1日の学習時間」の計画サンプルをお示ししますのでこちらをご覧ください。このサンプルから読み取れることは何でしょうか。

●1日のタイム・スケジュール(夏期講習のない日) ●1日のタイム・スケジュール(夏期講習のない日)

「なるほど、1日あたり11時間か…。休憩時間をのぞくと、正味の学習時間は10時間だな。」…と、すぐに勘が働きますね。これは前回、皆さんに「夏休みに一日10時間学習しなさいと皆さんに問いかけたらどう思うか」…という質問への解答にもなっています。
これをご覧いただけばお分かりのとおり、「人間らしい生活」を過ごしながら無理なく1日の学習スケジュールを組み立てると、1日の学習時間の上限は10時間くらいが限界だといえます。前提として、効果的な学習を長期間続けるため、睡眠時間や生活時間を確保し、学習時間と生活のバランスが取れていなくてはなりません。あれこれ折衷して考えれば学習時間はせいぜいこの辺りに落ち着くといえるでしょう。
学習は毎日継続するものですから、眠いのを我慢しながら1日だけ「13時間できた」としても、それで「13時間学習は可能だ」という一般論にはなりませんね。「特殊すぎる1日」ではなく、普遍的で平均的な学習時間を考えれば、「一日10時間学習」は妥当なことをご理解いただけるでしょう。

ところが、1学期に満足な学習経験を積めなかった人が夏期の学習計画をつくると、「夏は一日13時間学習だ」のように現実離れした計画を持ってくる人が多々おられます。日常の全てが「特殊すぎる1日」の連続など、できるはずがありませんね。にも関わらず、こういう方は説得しても「いえ、絶対にやって見せます」と頑固で、引き下がらないことが多いのは困ったものです。
多くの場合、その人が「一日10時間学習」を本当にやったことがないから理解してもらえないようです。言葉は勇ましいのですが、一度もやった経験がない未経験状態は、人を大胆にさせるのでしょう。「わたしは人と違う」という妙なプライドの高さゆえに気合だけで乗り切ろうとする人も多く、受験が自分を破滅させる可能性さえあります。受験のための準備は、あくまで謙虚に進めたいところです。

学習時間について思うこと(先月の続編として)

次に、ある年に「河合塾に通学していた高校3年生の学習時間」のグラフを見ていただきましょう。

ある年の高3生の学習時間 ある年の高3生の学習時間

これはある年の「高校3年生」の年間学習時間の移り変わりです。平日と休日に分けて学習時間の平均を集計しています。さすがに河合塾に通学している「受験学年」の生徒ですから、1日の学習時間はそれなりに確保されていますね。そんな学習時間を過ごしながら、先輩たちは受験に臨んできたのです。
さて、受験を終了した先輩は、多くのアドバイスを後輩の皆さんに残すでしょう。その中で、浪人してしてしまった先輩が、自戒の念を込めて高校の後輩にアドバイスをくれることは多いのではないでしょうか。「アドバイスしてくれる先輩」たちは、「学習のスタート時期」のことにも触れてくださいます。例えば、

「秋からはじめているようじゃ間に合わないぞ」

ということを、自分の自戒を込めて、先輩たちは特に強調して言ってくれるでしょう。

なるほどこのグラフを見ると、夏休みなど平日(講習のある日)で7.0時間、休日(講習のない日)で8.1時間が学習時間の平均になっていますから、目の前の「アドバイスをくれる先輩」はこれをやらなかったのだろう、逆に「成功した先輩」はきっと夏から本格的な学習をスタートしたんだろう…と大方の人は考えるに違いありません。
しかし、この「アドバイスをくれる先輩」は無自覚なのですが、自分の失敗を「正確に」伝え切れていない場合が多いように私は考えています。なぜなら、この先輩が本格的に学習をスタートしたのは、正確には秋ではなくて夏だった可能性がある…からなのです。ではなぜ、彼らは「秋からだと失敗する」という言い方をしたのでしょうか。少し穿った見方をしてみましょう。

先ほど見た、夏休み一日の学習時間を思い出してください。そう…10時間が限度でしたね。では、夏休みが終わった段階で振り返ってみて、この「10時間」を、「集中した学習」ですべてを「ものにできた」自信があるかと訊かれたら、この先輩はどう答えるでしょうか。
先輩はおそらく、「集中したら8時間でできたことを、10時間かけてやっていた日が結構ある」と思ったに違いないのです。多くの場合、訓練をある程度継続しなければ、人はそんなに集中し続けることができません。先輩は自分なりの集中度で「夏に学習をスタート」したものの、全部の時間を集中して学習に取り組めたとは言い難く、「集中できた日」と「集中できなかった日」を繰り返し、結果的に夏休み全体を消費してしまった可能性があるのです。結果的に、自分の思った通りの「本格的に集中した学習」ができるようになったのが9月からだった…そういう状態を「秋からだと間に合わない」、という表現で後輩たちに伝えていることが多々あることを理解しておきましょう。

つまり、先輩の言葉を正確に書くと…、

「(自分の最大集中力で目一杯の時間で取り組む学習を、)秋からはじめているようじゃ(受験レベルの演習時間を確保することには)間に合わないぞ。」

…ということです。さらに、

「少なくとも夏休みに一日10時間学習をする時に、10時間全てを集中した学習ができるようになりなさい。そのためには、1学期のうちに集中力を訓練してから、夏休みに突入するようなスケジュールで学習はやりはじめなさい」

…という話が続くはずだったのですが、すべてを省略して話してしまっていて、それで自分が伝えられているはずだと思っている…と考えられるのです。

「火が通った過去問」と「生の過去問」

「夏期講習を受講する方がいいよ」とアドバイスすると、「いえ、自分でやります」と頑固に拒否する生徒が毎年何人かいます。おそらく、講習を受講するとお金がかかるから「自分で過去問をやって先生に質問して解決すれば、お金はかからないし…」という思いがあるのかもしれませんね。しかし、これが同じではないのです。そのあたりのお話をしてみましょう。

「○○大学英語」などと講習のタイトルをつけると、なるほど○○大学の過去問の演習のように見えます。しかし、実際にその大学の過去問を持ってきて丸々解いて解説しているのではありません。私が教材を作っていた経験があるからわかるのですが、作成担当の先生は色々な問題を指定され、場合によっては他の大学の問題も活用されることがあります。先生によれば、

「この問題は、ちょうどこっちの大学の出題傾向に通じるものがあって、いい問題なのでね。」

ということもままあるのです。もちろん、苦労して独自作成される問題も多々あります。講習はその大学の傾向を演習するため、取り組む問題を分類して強弱をつけてあるところがポイントです。つまり「解かなければいけない問題」と、「解けるといいが優先度低めの問題」はある程度分けて考え、「解かなければいけない問題」の訓練に傾斜をかけた設計がしてあるのです。いわば、ちゃんと食べられるように調理して「火が通った」料理を提供するようなものです。
例えば、京都府立医科大学の問題はどの教科も全般的に難度が高く、半分程度解ければ合格できるとさえ言われています。そういう出題の大学では、当然ながらどの問題を着実に解くかの判断できなければなりませんし、その上で取り組んだ問題は当然解けなければなりません。そのための訓練が直前期まで必要になってきます。
かといって「解かなければいけない問題」演習を増やそうとして、その大学の過去問だけに頼っていたのでは、演習する問題数が不足してしまうでしょう。そこで、その資源を「他の大学の過去問」に求めるなどの判断が必要なのです。
ここで考えてもらいたいのは、「解かなければいけない問題」を受験生自らが判断して強弱をつけた演習をしたり、類題を他の大学の問題に求めて、必要な演習量を増やしたりできるのでしょうか。過去問演習を「自分でやります」という人だからといって、取り組む問題を見極めて優先順位をつける力があるわけではないでしょうし、他大学の問題に精通しているはずもありませんね。
恐らく目標大学の過去問だけにこだわって、しかもどの問題も平坦に扱って演習しようとしてしまうはずです。いわば、捨てる部分も含めて完全に「生の素材」を、すべて目の前に並べて食べようとしているといえます。そうなりますと、「解けるといいが優先度低めの問題」にも一律に同じような時間資源をわりあてて学習するため、本来取り組むべき「解かなければいけない問題」の演習が不足してしまうような、非正味な学習を避けられません。
受験生が自分で何でもしようという意気込みは大切なことです。しかし、講習を受講することで時間資源を有効に活用することができ、最適な学習に取り組むことが可能になることは明らかです。残念ながら、経費を惜しんで時間を失う受験生は意外と多いのです。

人にものを尋ねることは、大切な「下座」の姿です。そういう方には、多くのことを親切な先輩・友人・先生が教えてくれるに違いありません。プライドの高さ故に受験が自分を破滅させることがある…とお話したのは、こういう簡単なことでさえ気づかないで突っぱねてしまう人に、多数出会った経験があるからなのです。受験生の失敗のもとになる「綻び」は、遠くではなく足元にあります。
日常の自分を反省し、「自分でやるからいい」という頑迷さをとりのぞけば、知らぬ間に伸びつつある「綻びの芽」を摘み取ることができるというものです。自分の足元で伸びる「綻びの芽」は、自分の目線にあまりにも近すぎるからこそ、存外見えないものなのです。