名古屋大学×河合塾 共催イベント「名大研究室の扉in河合塾」第23回 教育学部「やる気を科学する—動機づけの心理学—」 イベントレポート | 体験授業・イベント
名古屋大学と河合塾のタッグで授業。
名古屋大学との共催イベント「名大研究室の扉in河合塾」第23回 教育学部を、2017年9月10日(日)河合塾千種校で開催しました。
河合塾と名古屋大学が共同で行う特別イベントとして、中学生、高校生、高卒生、保護者の方を対象に、名古屋大学教育学部の教授と大学院生をお招きし、講演会や懇談会を実施しました。約100名の生徒・保護者の方が、名古屋大学の最先端研究者の講演を聞き、大学での研究の奥深さや楽しさを体感できる絶好の機会となりました。
- 講演内容
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第1部:名大教授による最先端研究についての講演
第2部:大学院生による大学生活や研究についての講演
第3部:講演者や大学院生と参加者による懇談会
- 日時
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2017年9月10日(日)14:00~16:00
- 会場
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千種校
- 対象
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中学生・高校生・高卒生と保護者の方
いかに有為な人を育てるか、人にフォーカスする学問。
●第1部:「やる気を科学する—動機づけの心理学—」
中谷 素之(なかや もとゆき)教授 (教育発達科学研究科)
教育学部は人気の学部なので、まず参加者の方に質問をお聞きして、中谷教授に最初にお答えいただくという形式をとりました。
質問1「名古屋大学教育学部は、他の教員養成系大学の学部とどう違うか?」
名古屋大学教育学部は教育学・心理学に基づき、全国的にみても、現代社会の教育事象についてより幅広く、多様な先端研究が行われているのが特徴です。学校教育はもちろん、家庭や組織、多文化での現代社会における教育的課題を探究します。
質問2「教育学・心理学は、将来どのように役立つの?」
激動する現代において、「人がどのように生き、学ぶことがよりよい成果、ウェルビーイング(心身の健康)につながるのか」という今日的な問題に必要不可欠な知識を提供します。もちろん、臨床心理士や公認心理師資格にも対応しています。
質問3「名古屋大学教育学部が、他の大学と違う独自性やユニークな点は何ですか?」
教員対学生の比率が他の大学や名大内で比べ非常に高いので、丁寧な指導や教育が受けられます。名大全体から見ても、例年授業満足度は高い評価となっています。さらに、研究領域の先端性と多様性があげられます。
質問4「進路や就職先」
大学院大学という特徴から、大学院への進学率は高く、例年約30%となっています。国・県や市町村、あるいは心理職などの公務員になる方も多くいます。他に一部上場企業、サービス業、教育関係の企業に就職されている方も多いです。
生徒たちが知りたい名古屋大学教育学部の概要をわかりやすく説明されたので、生徒たちは興味深く中谷教授のお話に聞き入っていました。
次に、中谷教授が研究されている専門のお話です。いきなり、生徒たちに「なぜ勉強しなければいけないのですか?」と問いかけられました。何人かが答えると、「なるほど、素晴らしい」と必ず褒められているのが印象的でした。
実は、中谷先生も中学生の時にこの問いに自問自答され、そのことがきっかけとなり、“やる気”“動機づけ”に興味を持たれたとお話しになりました。
OECDの学力調査において、学力の面から見てみると日本の学業成績は高止まりしていますが、学力の背後にある意欲には大きな問題があります。学問に対してのおもしろさや興味などを感じているレベルが低く、やる気に関しては56カ国中最下位でした。勉強におもしろさを感じていないのであれば、自分の興味関心を抑えて、ただ“我慢してやるべきもの”として勉強をしている可能性があります。
またやる気と脳の関係についてお話されました。やる気は、非認知的能力であり非常に複雑な人間的な現象であり、人間は本能と意識、好き嫌いと欲求の間で意欲を高めていきます。そして日本の学力に関する興味深いデータをご紹介いただきました。母親が考える学習達成に影響する要因を、世界3都市の仙台(日本)・台北(台湾)・ミネアポリス(アメリカ)で比較した、母親の考え方と子供の学力の相関関係のデータです。母親が、努力が大事だと考えている程度と子供の学力にもっとも相関関係があったのが日本でした。頑張れば子供はきっと学力が伸びていく、という願いや考えが伝わりやすいのが日本であると考えられます。ただし、思いが過剰だと子どもは苦しくなりますから注意が必要です。アジア人、特に日本人は他者との間で生きているので親の考えが染み込んでいきます。それが学ぶ姿勢を作っていき、結果に結びついている可能性があります。日本においては学力の向上は社会的環境に影響されることがこのデータでよく分かります。
中谷先生は、教室場面における児童・生徒の動機づけ過程の理解と促進を中心テーマとして研究を行われています。最近では①学級構造化(教師の学級経営方略)、②ピア・ラーニング(子どもどうしの学びあい過程)という切り口から、実証的にアプローチされており、いくつかの事例を見せながら具体的に紹介されました。日本の教育における背景や社会的環境についてご説明いただいた上で、教育学部の研究内容についてお話をされ、教育心理学の専門の研究について理解が深まる講演となり、参加者からは大きな拍手が送られました。
大学生活や研究内容を知り、将来の幅を広げる。
●第2部:大学院生による大学生活や研究についての講演
教育発達科学研究科 心理発達科学専攻 吉田 翔子(よしだ しょうこ)氏
教育発達科学研究科 教育科学専攻 野村 駿(のむら はやお)氏
第2部では、教育発達科学研究科所属の2名の大学院生に、キャンパスライフや現在の研究内容をテーマにお話ししていただきました。
教育発達科学研究科 心理発達科学専攻 吉田 翔子 氏
心理テストやメンタリズムなどのイメージを持っている人が多いですが、心理学は客観的・科学的データを基に心にアプローチする学問です、というご説明から吉田さんの講演は始まりました。
名古屋大学教育学部では、1・2年次は幅広い分野を学び、3年からは5つのコースに分かれてその領域の基礎を勉強します。そのうちの心理社会行動コース・発達教育臨床コースでの授業には大きく2つあります。1つ目は心理学研究法の授業です。実験、観察法など、データを基に研究を進めることを学びます。もう1つは、臨床現場での実践です。面接法、投影法、フィールドワークを学び、児童養護施設や適応指導教室など、さまざまな現場を見学して知識や技術を身につけます。
大学院では研究と実習が中心です。研究は、基本的には自分の責任で進めて、週1のゼミで指導教官や先輩に指導を受けます。実習では臨床心理面接を行う経験を積んだり、病院で精神疾患を持つ方と関わることもあります。また、病院や学校など様々な現場で非常勤の仕事をすることもできます。吉田さんの場合は、子どもの知的障害を判定する仕事をしています。
また、他大学の非常勤講師を務めるなど、研究・実習・仕事というさまざまなことに日々取り組んでいらっしゃいます。
次に、心理学を選んだきっかけをご紹介くださいました。小学校の同級生に、文字がうまく書けず音読ができない子がいて、担任の先生は厳しく叱責するばかりだったそうです。しかしその子は叱られるほどパニックになって動けなくなるという悪循環でした。その様子を見て、どのように支援すれば良かったのだろうかと考えたことが吉田さんの心理学の原点です。
このことは、自閉スペクトラム症の人たちを手助けするいう現在の吉田さんの研究テーマにつながっています。人は、表情や行動、言葉、声のトーンなどをヒントに他者の心を推測しています。しかし自閉スペクトラム症の人たちは、ヒントをうまく使えないため他者の推測が苦手です。このような人たちがヒントを使いやすくする手助けをしたいという吉田さんの強い思いが伝わってきました。
最後に、「大学院は忙しいけれど、新しい知識を得ること、誰も解明していないことを研究するのは楽しいです。ぜひ、自分自身の興味を見つけてください。」というメッセージでお話を締めくくられました。
教育発達科学研究科 教育科学専攻 野村 駿氏
野村さんは、最初に一言、「あなたの夢は何ですか?」というご自身の研究テーマに関する問いかけを自己紹介の前にされました。
その後で自己紹介に入られ、等身大の自分自身を知ってほしいということで、高校1年で担任の先生から東京大学に行けと言われたが実力が伴わず断念。一番自宅に近い有名な大学である名古屋大学で教育にも少し関心があったので受験したという経緯を話されました。大学に入ってからも勉強はほどほどにしかやらない中で1冊の本に出会い、そのことが教育社会学に興味を持つきっかけとなったということです。
ここで、野村さんが在籍されていた名大教育学部で何を研究するのかというご説明がありました。名大教育学部は教育養成ではなく、研究大学です。3・4年次に5つのコースに分かれ、そのうちの教育系コースでは、「教育」を対象にさまざまな学問見地からアプローチして研究する「教育学」に取り組むということでした。
そして、ご自身が研究されている教育社会学とは何か、ということで『教育の社会学』(有斐閣)の「はじめに」から文章を引用されました。その中で2つの点について次のように話されました。
1つ目は、教育という営みを人々の間の関係のあり方や組織や制度といった社会的観点から検討することです。これまで個人の問題とされてきた現象が、実は集団の中で社会的に生み出されたものであることを明らかにしています。さらにもう1つは、「当たり前」とされている「常識」を疑う学問であることです。つまり、「どうすればより良い教育ができるか」を最初からめざすのではなく、「問題あり」とする見方から少し距離を置いて、そこに含まれる「当たり前」を疑ってかかるところから出発し、他の観点や他の選択肢を気づかせたり、選ばせる、つまり凝り固まった見方をやわらかくしていく、いろんな視点で見ていきましょうということを考える学問であるとのことでした。
その上でご自身の研究テーマ「-なぜ、若者は夢を追うのか-」について詳しく話してくださいました。現代社会は、夢を追うことを推進しているが、なぜ若者は夢を追うのか、またどのように夢を追うのか。不況と呼ばれる不安定な社会でなぜ夢を追うのか?野村さん自身現在は、「音楽で成功する」という夢を掲げ、その現実に向けて活動するバンドマンを対象に、調査・研究を行っています。彼らはメジャーデビューという夢の実現可能性の低さが前提にあるのに、それでも夢を追ってしまうのはなぜなのか。だた、当たり前に「実現可能性が低い」とばかり言うのではなく、夢追いの当事者たちの声を聞き、彼らが何を考え、どのように日々を生きているのかを見ていくと、彼らなりの合理性がそこには存在しており、「私」の当たり前は「他者」の当たり前ではないということを述べられました。
最後に中学生・高校生対象に次のように話されました。一つ目は、自分が「やりたいこと」「できそうなこと」をぼんやり考え続けてみる。もう一つは、自分がこれだけは絶対に「やりたくないこと」「できそうにないこと」をぼんやり考え続けてみる。それは、そこばかりにとらわれず、負担のない範囲で考え続ければ何かが見えてくるという話で終わられました。
専門分野をより深く、興味と経験・知識の交換会。
●第3部:講演者と参加者による懇談会
第1部・第2部の終了後、中谷教授と大学院生2名でそれぞれのコーナーに分かれ、参加者との懇談会が行われました。
中谷教授の懇談会に参加した方たちからは、教育や、やる気の持たせ方について質問が寄せられました。
Q、知らなかったことを知るという学問の喜びはわかります。でも、教育をやらなければいけない“価値”として捉えることに納得できません。自分の場合、率直にいって学校の勉強の全てが面白いわけではありませんが、興味のないことをつまらないと思ってはダメですか。
A、根本的なテーマで、興味深い質問です。まず、学校の勉強は必ず“面白い”と思わなければいけない、という考えも、私は反対です。面白くないと感じることも自然ではないでしょうか。一方で、学校教育そのものは、児童生徒が学ぶべき“価値づけられた”ものです。ですから、面白くなくても、価値があれば学ばなければならない、というのが、学校教育の実情だと思っています。日本に限らず学校教育は、次の世代を作るために必要な教育システムであり、我慢してでも資質を身につけてもらうことを価値としています。その一方で、自分が『何が面白くないと感じるのか』という自分の“つまらないもの探し”をするのも大事です。逆に自分のやりたいことが見えてくる。嫌いなことがあるから、前に進んでいけるのではないでしょうか。
Q、教師のクラスづくりを研究されるなかで、生徒のやる気が高くなった具体的な事例を教えてください。
A、さまざまな事例がありますが、1つ挙げるなら、生徒が求めていることに対してどれだけ先生が敏感でいられるか、ということです。また、求めていることに合わせるだけでなく、学びの価値を生徒にわかるように伝えることで、生徒の理解・反発・共感などをうまく引き出すことができるようになります。
Q、(保護者の方からご自身の仕事に関連して)大人にやる気を持ってもらうにはどうすればいいでしょうか。
A、人は“仕事をおもしろく思うようにしよう”と考えるだけでは、おもしろく感じることはできません。まずは行動です。少しでもできたことを評価し、自分の成果を確信できるようにする。次の小さな目標を設定して積み重ねていく。また、その仕事の価値を伝えていくことが大事ではないでしょうか。
Q、(保護者の方からご自身の高校生・中学生お子様について)親として子どもにどの程度関わればいいのでしょうか。
A、親が子を気にかけていることを示すのは大事ですし伝わっていると思います。でも頑張れと言い過ぎても良くない。親と子は違う個人です。親の願いは子供に伝えるけれど、子が実現させてくれると期待しすぎないようにする。願いをもちながらも、心の距離をとって見守ってはいかがでしょうか。
Q、大学から受けられる就職のサポートはありますか。
A、就職支援室があり、インターシップの調整や企業説明会を行っています。トヨタ、JR、マイクロソフトなど有名企業300社以上が、毎年、名古屋大学学生・院生を対象に、豊田講堂で開催される企業研究セミナーが3日間に渡り大規模に開催されます。それ以外にも、教育学部対象の企業説明会なども開催されています。
大学院生のお二人には、参加者から「学校に行くのがつらそうな子供に対して親としての対応はどうすればよいか?」「高校3年の2学期の過ごし方を教えてほしい。」「真面目はダメですか?」「オープンキャンパスに行っていないので大学の様子を教えてほしい。」「自分にあった勉強方法について」「受験の時期に増える学校の落書きについてどう対応すればよいか?」「高校生のときに進路や勉強について保護者からの助言等はありましたか?」など多岐に渡るさまざまな質問がありました。お二人は一つひとつの質問に、ご自身の体験を交えながらわかりやすく親身に丁寧に答えてくださいました。参加者の皆さんにとっては名古屋大学での生活を身近に感じることができた、大変有意義な時間となりました。